三 消えた技術者
参謀本部の会議室には、東條英機のほか、陸軍省の高官と未来日本政府の連絡官が集まっていた。
真壁が入室すると、東條はすぐに着席を命じた。
「三浦隆文という人物を知っているか」
「名前だけは」
「未来日本の航空機エンジン研究者だ」
東條は机の上に写真を置いた。
眼鏡をかけた四十代半ばの男が写っている。少し猫背で、研究者らしいというより、地方の学校で数学を教えていそうな風貌だった。
「十九日の夕刻から行方が分からん」
「誘拐でありますか」
「未来日本側は、その可能性が高いと見ている」
真壁は写真を手に取った。
「帝国軍人が関与しているとの情報もあります」
未来日本の連絡官が言った。
東條の眉が動いた。
「まだ確認されておらん」
「承知しております。しかし、研究所を訪れた人物の一人が陸軍の軍服を着用していたことは、複数の証言から明らかになっています」
真壁は連絡官を見た。
三十代の男だった。
灰色の背広を着て、机の上には小型の電子機器を置いている。
「軍服だけでは、身分を証明できませんな」
「その通りです」
連絡官は、すぐに頷いた。
「ただし、もう一つ情報があります」
男は資料を差し出した。
「研究所の防犯カメラに、訪問者の姿が残っていました」
真壁は写真を見た。
白黒に加工された映像の一場面だった。
研究所の廊下を歩く二人の男。
一人は背広姿。
もう一人は軍服姿で、帽子を手に持っている。
真壁は、写真を顔に近づけた。
軍服の男には見覚えがあった。
「神谷か」
東條が顔を上げた。
「分かるのか」
「神谷修一少佐に似ております」
連絡官が言った。
「こちらでも照合を進めています」
真壁は、写真を机に置いた。
神谷。
陸軍大学校を優秀な成績で卒業し、将来を期待されていた男。
しかし、未来日本の出現以降、彼は急速に強硬な主張を繰り返すようになっていた。
「神谷の所在は」
真壁が尋ねた。
「昨日から確認できておらん」
東條が答えた。
「休暇の届けは」
「ない」
真壁は、しばらく考えた。
「総理。神谷の周辺を調べる許可をいただきたい」
「すでに命じている」
東條は、真壁を見た。
「ただし、注意しろ」
「はっ」
「軍内部には、未来日本を敵視する者が少なくない。神谷一人を捕らえて済む話ではないかもしれん」
真壁は頷いた。
「承知しております」
東條は、机の上の写真を見た。
「未来日本の技術者が、帝国軍人によって連れ去られたとなれば、外交問題では済まん」
誰も答えなかった。
東條は続けた。
「せっかく米国との戦争を避けたというのに、今度は未来日本と戦争でも始めるつもりか」
その言葉には、怒りよりも疲労がにじんでいた。
真壁は、東條がこの数日で急に老けたように感じた。
国家の進路を変える。
言葉にすれば簡単だが、長年積み重ねてきた軍や官僚の論理は、首相の一言で消えるものではない。
まして、未来から現れた国家を信用するかどうかとなれば、なおさらだった。
「必ず見つけます」
真壁は言った。
東條は、短く頷いた。




