二 軍人の朝食
十二月二十一日、日曜日。
真壁宗一郎は、朝食の席で息子に叱られた。
「父さん、新聞を読みながら食べるのは行儀が悪いよ」
十二歳の宗太郎は、味噌汁の椀を持ったまま真顔で言った。
真壁は新聞から目を上げた。
「誰に教わった」
「母さん」
「そうか」
「父さんがいつも言ってることだよ」
「なるほど」
真壁は新聞を畳んだ。
妻の澄江が、台所から小さく笑う声が聞こえた。
久しぶりに家族三人で朝食を取っていた。
卓上には麦飯と味噌汁、漬物、それに小さな焼き魚が並んでいる。澄江は魚を息子の皿へ移しながら、夫に尋ねた。
「今日はお休みになれるんでしょう?」
「昼まではな」
「またお仕事ですか」
「少し調べものがある」
澄江は、それ以上聞かなかった。
夫が軍の仕事について詳しく話さないことには慣れていた。それでも、最近の真壁が以前より口数を減らしていることには気づいていた。
真壁は味噌汁を飲んだ。
大根が入っていた。
妻の作る味噌汁は、昔から少し塩辛い。
結婚した当初、真壁はそれを指摘したことがあった。澄江は三日ほど口を利かなくなり、それ以来、真壁は黙って飲むことにしていた。
「父さん」
宗太郎が言った。
「未来の日本には、戦争がないの?」
真壁は箸を止めた。
「どうしてそう思う」
「学校で話してたんだ。未来の日本には陸軍も海軍もないって」
「まったくないわけじゃない。自衛隊という組織がある」
「軍隊とは違うの?」
「難しいところだな」
宗太郎は少し考えた。
「じゃあ、父さんみたいな人はいないの?」
「いるさ。ただ、仕事の仕方が違う」
「どんなふうに?」
真壁は答えに困った。
未来日本の自衛隊について、彼自身まだ十分に理解していなかった。兵器の性能も、組織の仕組みも、国民との関係も違う。
ただ、京都で見た街の様子だけは、鮮明に覚えている。
制服を着た軍人が街角に立っていない。
学校帰りの子供たちが笑いながら歩いている。
人々が、国家の行く末よりも夕食の献立や明日の仕事について話している。
その何でもない光景が、真壁には奇妙にまぶしかった。
「父さんの仕事はな」
真壁は、ゆっくり言った。
「お前たちが安心して飯を食えるようにすることだ」
宗太郎は首を傾げた。
「それなら、母さんの方がずっと役に立ってるよ」
澄江が声を立てて笑った。
真壁も、つられて笑った。
「まったくだ」
そのとき、玄関で戸を叩く音がした。
澄江が立ち上がろうとしたが、真壁が制した。
「私が出る」
戸口には、陸軍省からの使いが立っていた。
若い兵長だった。
真壁を見るなり、背筋を伸ばした。
「大佐殿。至急、参謀本部へお越しいただきたいとのことであります」
「誰からだ」
「東條閣下の御指示と承っております」
真壁は、兵長の顔を見た。
「何があった」
「詳しくは存じません。ただ、未来日本の技術者に関する件と」
真壁は、背後の居間を振り返った。
宗太郎が、まだ箸を持ったままこちらを見ていた。
「分かった。すぐに行く」
真壁は軍服に着替え、外套を羽織った。
玄関で靴を履いていると、澄江が弁当箱を差し出した。
「お昼に召し上がってください」
「すまん」
「それから」
「何だ」
澄江は、少し声を落とした。
「無理はなさらないでください」
真壁は妻を見た。
結婚して十五年。
彼女がこういう言い方をするときは、何かを察しているときだった。
「大丈夫だ」
そう答えたものの、真壁自身、それを信じてはいなかった。




