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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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十 真珠湾の夕暮れ


会談の合間、榊原は真珠湾の岸壁を歩いた。

同行していた米軍将校は、必要以上に話しかけてこなかった。

海には、夕日が反射していた。

停泊する戦艦の甲板では、水兵たちが作業をしている。

榊原は、しばらくその様子を眺めた。

「ミスター・サカキバラ」

米軍将校が声をかけた。

「一つ、質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「あなた方の歴史では、ここで何が起きたのですか」

榊原は、少し驚いた。

将校は続けた。

「日本の航空機が、ここを攻撃したのでしょう」

「はい」

「多くの者が死んだ」

「そうです」

将校は、海を見た。

「私の弟が、あの戦艦に乗っています」

彼が指した先には、《アリゾナ》があった。

榊原は、何も言えなかった。

「弟は、まだ十九歳です」

将校は、少し笑った。

「家では、私よりずっと優秀だと言われていました」

榊原は、静かに頷いた。

将校は続けた。

「あなた方の歴史では、弟は死んだのでしょうか」

榊原は、答えに詰まった。

名前を聞けば、記録を調べることはできるかもしれない。

しかし、その結果を伝えるべきなのか。

もし死んでいたら。

もし生き残っていたら。

どちらにしても、目の前の男の人生を変えてしまう。

榊原は、しばらく考えた。

「分かりません」

正直に答えた。

将校は、少し残念そうに頷いた。

「そうですか」

榊原は続けた。

「ただ、今は生きています」

将校は、榊原を見た。

「ええ」

「それが、大切だと思います」

将校は、しばらく黙っていた。

そして、小さく笑った。

「そうですね」

二人は、しばらく海を眺めていた。

夕暮れの真珠湾は、静かだった。

史実では、この場所は戦争の始まりを象徴する場所になった。

しかし、この世界では、まだ何も始まっていない。

いや、正確には、すでに別の何かが始まっている。

榊原は、そう思った。

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