八 燃料の優先順位
同じ日の午後、未来日本政府は、燃料供給に関する緊急方針を発表した。
医療機関、消防、警察、自衛隊、食料輸送、公共交通などを優先する。
不要不急の燃料消費を抑制する。
産業界には、省エネルギーと生産計画の見直しを求める。
国民には、買いだめを控えるよう呼びかける。
しかし、発表の直後から、各地のガソリンスタンドには車列ができた。
東京都内のあるスタンドでは、給油待ちの車が道路まであふれた。
店員は、何度も同じ説明を繰り返していた。
「燃料がなくなったわけではありません。順番にお願いします」
しかし、誰も安心しなかった。
燃料があるうちに入れておきたい。
その気持ちは、誰にとっても同じだった。
夜のニュースでは、各地の混乱が報じられた。
榊原は、官邸の執務室でその映像を見ていた。
「国民は、不安になっています」
官房長官が言った。
「当然です」
榊原は答えた。
「政府が、いつ元に戻れるか説明できないんですから」
「節約の呼びかけを強めますか」
「それだけでは駄目です」
榊原は、机の上の資料を見た。
「昭和日本との経済協力を急ぎましょう」
官房長官は、少し考えた。
「昭和日本も資源不足です」
「分かっています」
「我々が必要とする量を、供給できるとは思えません」
「それでも、できることはあります」
榊原は続けた。
「石炭、食料、鉱物資源。それに、昭和日本が持つ海外との交易網を利用できるかもしれません」
官房長官は頷いた。
「ただし、外交上の問題があります」
「何です」
「昭和日本の勢力圏にある地域から資源を調達する場合、その支配を認めたと受け取られる可能性があります」
榊原は黙った。
満洲。
朝鮮。
中国大陸。
南方への進出計画。
昭和日本の資源政策は、植民地支配や軍事行動と深く結びついている。
未来日本が資源を求めれば、意図せずその構造を支えることになるかもしれない。
「難しいですね」
榊原が言った。
官房長官は答えた。
「はい」
榊原は、しばらく考えた。
「それでも、国民を飢えさせるわけにはいきません」
「承知しています」
「だからこそ、取引の条件を明確にしましょう」
榊原は、資料を閉じた。
「資源を買うために、誰かの自由を売ることはしない」
その言葉を聞いて、官房長官は頷いた。
しかし、具体的にどう実現するのかは、まだ誰にも分からなかった。




