六 陸軍省の地下室
東京では、別の会議が開かれていた。
場所は、陸軍省の一室だった。
窓には厚いカーテンが引かれ、机の上には灰皿と茶碗が置かれている。
集まっていたのは、陸軍の中堅将校たちだった。
その中心にいたのが、神谷修一少佐である。
三十六歳。
陸軍大学校を優秀な成績で卒業し、参謀本部で勤務していた。将来を嘱望されていたが、上官との衝突が多く、扱いにくい人物としても知られていた。
神谷は、机の上に新聞を広げた。
『未来日本、米国ト和平協議』
「見ろ」
神谷は、新聞を指で叩いた。
「帝国が米国と戦おうとしていた時に、未来日本は米国へ頭を下げに行った」
若い将校が言った。
「しかし、東條総理も開戦延期を決められました」
神谷は、その将校を見た。
「だから問題なのだ」
「と申しますと」
「未来日本が現れた途端、政府は方針を変えた。八十五年後の日本が敗北したと聞いただけで、だ」
神谷は立ち上がった。
「我々は、まだ戦ってもいない」
室内は静かだった。
「戦ってもいないのに、敗北を認めた」
別の将校が口を開いた。
「しかし、未来日本の軍事力は、我々とは比較にならぬようです」
「それがどうした」
神谷は、鋭い声で答えた。
「未来の技術があるなら、帝国もそれを手に入れればよい」
「簡単には渡さぬでしょう」
「ならば、渡させる」
若い将校たちは、互いに顔を見合わせた。
神谷は、机の上に一枚の写真を置いた。
未来日本の戦闘機だった。
「これを見ろ。帝国がこの航空機を保有すれば、米英はどうする」
誰も答えなかった。
「戦艦も同じだ。未来日本の護衛艦には、我々の知らぬ兵器が搭載されているという」
神谷は続けた。
「八十五年後の日本が持つ技術を、なぜ昭和十六年の日本が使ってはならんのだ」
その言葉には、確かな魅力があった。
未来の兵器を手に入れる。
米国を圧倒する。
中国での戦争を終わらせる。
資源を確保する。
そして、帝国の敗北を回避する。
しかし、一人の将校が慎重に尋ねた。
「少佐殿。未来日本が技術を渡さなかった場合は」
神谷は、少し笑った。
「技術を知る人間を探せばよい」
「人間を?」
「未来日本には、技術者がいる」
神谷は写真を指した。
「兵器そのものを奪う必要はない。作り方を知る人間がいればいい」
室内が静まり返った。
神谷は、窓の外を見た。
「未来日本は、我々の歴史を知っている」
そして、低い声で続けた。
「ならば、我々にも未来を選ぶ権利があるはずだ」




