五 中国という問題
日米関係の最大の障害は、中国大陸にあった。
ハルは、その点を曖昧にしなかった。
「日本政府が中国に軍を駐留させ続ける限り、米国が経済制裁を全面的に解除することは難しいでしょう」
昭和日本の代表として出席していた野村吉三郎は、慎重に答えた。
「帝国政府も、中国における戦争の長期化を望んでいるわけではありません」
「しかし、軍は撤退していない」
「現地の治安、権益、邦人保護など、考慮すべき事情があります」
ハルは首を振った。
「その説明は、これまで何度も聞いています」
野村は黙った。
榊原は、二人のやり取りを聞いていた。
史実の日米交渉でも、中国からの撤兵問題は大きな障害だった。
そして今、その障害は何も解決していない。
真珠湾攻撃を止めたからといって、中国での戦争が消えたわけではない。
むしろ、未来日本の出現によって、各国は日本の将来について新たな情報を得てしまった。
ハルが榊原へ向き直った。
「未来日本は、中国問題についてどう考えていますか」
榊原は、少し間を置いた。
「戦争を終わらせるべきだと考えています」
「日本軍の撤退を支持するのですか」
「段階的な撤退を含めた和平交渉が必要だと考えます」
野村が、わずかに身じろぎした。
榊原は続けた。
「ただし、未来日本が一方的に昭和日本へ命令することはできません」
ハルは頷いた。
「当然でしょう」
「そのため、中国側も含めた交渉の場を設けたいと思っています」
「蒋介石政府との交渉ですか」
「はい」
「共産党勢力については?」
榊原は、少し考えた。
「無視することはできないと思います」
ハルは、興味深そうに顔を上げた。
「理由は?」
「中国の将来に大きな影響を持つ勢力だからです」
「未来では、そうなるのですか」
榊原は答えなかった。
ハルは、その沈黙を見て、ゆっくり頷いた。
「なるほど」
榊原は、言葉を選んだ。
「今、ここで重要なのは、未来の勝者を選ぶことではありません。戦争を終わらせるために、実際に影響力を持つ人々と話すことです」
ハルは、しばらく考えていた。
「その考え方には、一理あります」
野村は、榊原を見た。
未来日本の首相は、中国共産党について何かを知っている。
そのことは、野村にも分かった。
しかし、それが何なのかまでは分からなかった。
会談が終わった後、野村は榊原へ近づいた。
「榊原総理」
「はい」
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「未来の中国は、どうなっているのですか」
榊原は、しばらく黙っていた。
窓の外には、ハワイの青い海が広がっていた。
「野村大使」
「はい」
「その話は、昭和日本政府にも、いずれ正式に説明する必要があります」
野村は頷いた。
「分かりました」
しかし、榊原の表情を見て、容易な話ではないことだけは理解した。




