三 真珠湾の岸壁
ハワイの空は、東京とはまるで違っていた。
十二月の陽光が海面に反射し、港内の水を明るく照らしている。岸壁には米海軍の水兵たちが並び、遠くには大型戦艦の艦影が見えた。
榊原は、車の窓からそれを眺めていた。
戦艦。
《オクラホマ》。
《ウェストバージニア》。
《カリフォルニア》。
歴史の写真で見た艦が、まだ健在だった。
その事実に、奇妙な感覚を覚えた。
自分が知っている真珠湾には、沈没した戦艦の記念施設がある。
しかし、今の真珠湾には、その施設が存在しない。
なぜなら、そこに眠るはずだった人々が、まだ生きているからだ。
「総理」
同行していた外務省職員が声をかけた。
「間もなく到着します」
榊原は頷いた。
車は海軍施設の前で停まった。
出迎えた米軍将校は、背筋を伸ばして敬礼した。
「ミスター・プライム・ミニスター」
榊原は英語で挨拶を返した。
将校は丁寧だったが、表情は硬かった。
無理もない。
わずか数日前、米軍機と帝国海軍機が交戦し、双方に死者が出ている。
その上、未来日本という未知の国家が現れた。
米国にとって、今の太平洋は、かつてないほど不確実な場所になっていた。
会談施設へ向かう途中、榊原は一人の若い水兵とすれ違った。
二十歳前後だろうか。
日に焼けた顔をしていた。
水兵は榊原を見て、何か言いかけたが、上官に促されて歩き去った。
榊原は、その背中を見送った。
もし史実どおりに真珠湾攻撃が行われていたら、あの水兵は生き残っただろうか。
それとも、沈む艦の中で命を落としていただろうか。
分からない。
名前も知らない人間の運命を、未来の記録と照らし合わせることなどできなかった。
だが、榊原には一つだけ確かなことがあった。
今、目の前にいる水兵は生きている。
その事実を、何よりも大切にしたかった。




