十 未来の農村
未来日本の農林水産省では、食料供給の見通しについて緊急の検討が続いていた。
国内の農業生産は、すぐに止まるわけではない。
しかし、飼料、肥料、燃料、農業機械の部品など、海外に依存しているものは多い。
特に畜産業への影響は深刻だった。
輸入飼料が途絶えれば、家畜を育て続けることが難しくなる。
農業機械が故障しても、部品が手に入らない可能性がある。
肥料の原料も不足する。
政府は、国内農業の維持と増産に向けた対策を急いでいた。
新潟県の農家、田中正夫は、テレビのニュースを見ながら頭を抱えていた。
六十二歳。
長年、米作りを続けてきた。
息子は東京で働いており、農業を継ぐつもりはない。
田中は、来年で農業をやめようかと考えていた。
しかし、今はそんなことを言っていられない。
「米を増やせって言われてもなあ」
妻が言った。
「田んぼはあるんでしょ」
「田んぼがあれば米ができるわけじゃない」
田中は、テレビを指した。
「肥料もいる。軽油もいる。機械も壊れる」
妻は黙った。
田中は、しばらく考えた。
「昭和の農家は、どうしてたんだろうな」
妻が答えた。
「牛で耕してたんじゃないの」
「簡単に言うな」
田中は苦笑した。
「今さら牛なんか飼えんよ」
しかし、その夜、田中は古い納屋を開けた。
中には、父親が使っていた農具が残っていた。
鍬。
鋤。
鎌。
長い間、使われていない道具だった。
田中は、一本の鍬を手に取った。
柄は乾燥していたが、まだ使えそうだった。
父親は、昭和十六年に二十歳だった。
戦争中も田を耕し、戦後も米を作り続けた。
田中は、父親の顔を思い出した。
無口な人だった。
農業の話をすると、いつも同じことを言った。
「米は、人が食うために作るんだ」
田中は、鍬を壁に立てかけた。
そして、ゆっくりと納屋を閉めた。
来年も、米を作ろう。
そう決めた。




