八 京都への道
十二月十日。
未来日本政府は、昭和日本との正式な外交協議を開始することを決定した。
会談場所については、双方の意見が分かれた。
昭和日本は東京を希望した。
未来日本も東京を提案した。
しかし、どちらの東京なのかという問題が残った。
昭和日本の東京か。
未来日本の東京か。
同じ名前の都市が二つ存在していることが、外交交渉の最初の障害になった。
最終的に、京都が候補地として浮上した。
未来日本の京都には、近代的な宿泊施設と通信設備がある。
昭和日本の京都には、歴史的な建築と外交儀礼に適した場所がある。
どちらを使うかについても議論が続いたが、最終的には未来日本側の京都で予備協議を行い、昭和日本側でも別途会談を設ける方向で調整が始まった。
榊原は、その報告を聞いて苦笑した。
「同じ日本語を話しているのに、ずいぶん難しいですね」
外務大臣が答えた。
「同じ言葉だからこそ、互いに分かっているつもりになるのかもしれません」
榊原は頷いた。
「そうかもしれません」
そして、少し考えてから言った。
「昭和日本の代表団には、未来日本の生活を見てもらいたい」
「視察ですか」
「はい」
「軍事施設は除外しますか」
「当然です」
榊原は続けた。
「病院、学校、工場、農業施設。私たちの社会がどうやって成り立っているのか、見てもらいたい」
外務大臣は頷いた。
「それなら、こちらも昭和日本を視察すべきでしょう」
榊原は、少し考えた。
「そうですね」
そして、静かに言った。
「私たちも、昭和の日本を知らなければならない」




