五 交換できない一円
未来日本の財務省では、別の問題が浮上していた。
通貨だった。
昭和日本にも円がある。
未来日本にも円がある。
しかし、同じ名前の通貨だからといって、同じ価値を持つわけではない。
昭和十六年の一円で買えるものと、二〇二六年の一円で買えるものは、まったく違う。
さらに、物価の水準だけでなく、生産能力も技術も異なる。
未来日本の企業が昭和日本から米を買おうとしても、いくら払えば適正なのか分からない。
逆に、昭和日本が未来日本から医薬品を買おうとしても、その価値を評価できない。
「交換比率を決めなければ、貿易ができません」
財務省の担当者が言った。
「しかし、為替市場が存在しない」
別の担当者が答えた。
「ならば、政府間で暫定的な交換比率を設定するしかないでしょう」
「それを誰が決めるんです」
「我々です」
会議室が静かになった。
未来日本の一万円札。
昭和日本の一円札。
どちらも、日本の通貨だった。
しかし、片方の国にとっては、もう片方の通貨はほとんど意味を持たない。
「金で決済する方法は」
「昭和日本には金準備がありますが、こちらも無制限には使えません」
「物々交換は」
「当面は、それが現実的かもしれません」
「何と何を交換するんです」
担当者は、資料を見た。
「医薬品、工作機械、農業技術、電力設備などです」
「見返りは」
「食料、石炭、鉱物資源、港湾施設の利用権……」
言いかけて、口を閉じた。
昭和日本が持っているものは、未来日本が必要としているものと必ずしも一致しない。
しかも、昭和日本自身も資源不足に苦しんでいる。
未来日本は、圧倒的な技術力を持っている。
しかし、その技術力を維持するための資源が足りない。
昭和日本は、未来日本にはない労働力や国内生産基盤を持っている。
しかし、未来日本の技術を使いこなす設備も人材も不足している。
互いに足りないものを補い合う。
言葉にすれば簡単だった。
だが、実際には、何をどれだけ渡すかを決めるだけで膨大な時間が必要だった。
「結局、最初に必要なのは信頼ですね」
若い担当者が言った。
上司は、疲れた顔で頷いた。
「そうだな」
そして、苦笑した。
「八十五年離れた日本同士で、信用取引を始めるわけだ」




