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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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十五 十二月九日への扉


昭和十六年十二月八日、午後十一時五十七分。

帝都東京。

陸軍参謀本部。

真壁宗一郎は、再び呼び出されていた。

机の上には、未来日本から届いた新しい資料が置かれていた。

ドイツ。

ソ連。

英国。

中国。

各国が、未来日本の存在を知り始めている。

真壁は報告書を読んだ。

ドイツ政府は、未来日本との接触を求めている。

ソ連も、同様の動きを見せている。

米国は、正式な首脳会談を提案した。

英国は、未来日本の軍事力について情報収集を始めた。

中国国民政府は、日本との戦争終結に向けた新たな条件を検討している。

真壁は、資料を机に置いた。

「世界中が動き始めたな」

情報将校が頷いた。

「はい」

「未来日本は、どうするつもりだ」

「すべての国と交渉する方針のようです」

真壁は苦笑した。

「大変なことだ」

「何がですか」

「八十五年後の日本は、世界中から未来を教えろと言われることになる」

情報将校は、少し考えた。

「教えればよいのではありませんか」

真壁は首を振った。

「そう簡単ではない」

「なぜです」

「未来を知った国は、その未来を変えようとする」

真壁は、机の上の地図を見た。

「ドイツが敗北を知れば、敗北を避けようとする。ソ連が将来を知れば、別の道を選ぶかもしれん。米国も同じだ」

情報将校は黙って聞いていた。

「そうなれば、未来日本の知っている歴史は、役に立たなくなる」

真壁は、ゆっくりと言った。

「未来を知ることは、未来を失うことでもあるんだ」

そのとき、電話が鳴った。

情報将校が受話器を取る。

表情が変わった。

「大佐」

「何だ」

「未来日本から、緊急連絡です」

真壁は顔を上げた。

「内容は」

「ドイツ政府が、未来日本の軍事技術について正式に情報提供を要求してきたとのことです」

真壁は、しばらく黙った。

「断ればどうなる」

「分かりません」

「渡せば?」

「それも、分かりません」

真壁は、机の上の地図を見た。

ヨーロッパ。

ドイツ。

ソ連。

英国。

戦争は、すでに始まっている。

日本が対米開戦を延期しても、世界の戦争が終わるわけではない。

むしろ、未来日本の出現によって、各国は新たな可能性を手に入れた。

未来の兵器。

未来の戦術。

未来の歴史。

それらは、どの国にとっても魅力的なものだった。

真壁は、静かに言った。

「これからが、本当の戦争かもしれんな」

窓の外では、東京の夜が更けていた。

遠くで汽笛が鳴った。

街は、まだ眠っていない。

人々は、明日も今日と同じ朝が来ると思っている。

しかし、世界はすでに変わっていた。

真珠湾攻撃は起きなかった。

太平洋戦争は、まだ始まっていない。

それでも、ヨーロッパでは戦争が続き、中国では戦闘が続いている。

そして、未来日本は、そのすべての国から注目され始めていた。

八十五年後の日本が持ち込んだもの。

それは、平和への希望だけではなかった。

未来の戦争を知る者たちが、その知識を利用しようとする。

未来の兵器を知る者たちが、その力を手に入れようとする。

未来の敗北を知る者たちが、歴史を変えようとする。

真壁は、机の上に置かれた一枚の写真を手に取った。

焼け野原の東京。

昭和二十年三月。

その写真の東京は、もう存在しない未来なのかもしれない。

しかし、別の東京が焼けない保証もなかった。

真壁は、写真を引き出しにしまった。

そして、机の上の白紙を一枚取り出した。

未来日本との共同調査に関する意見書。

彼は、そこに最初の一文を書いた。

『未来の知識は、国家の勝利を保証するものにあらず』

筆を止めた。

しばらく考えた後、もう一文を書き加えた。

『我々が守るべきは、未来の歴史ではなく、現在を生きる国民の生命である』

真壁は、その文章を読み返した。

軍人として、ずいぶん変わったことを書くようになったものだ。

そう思った。

だが、不思議と後悔はなかった。

時計の針が、午前零時を指した。

昭和十六年十二月九日。

本来の歴史には存在しない、新しい一日が始まった。

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