十四 消えた未来
夜。
未来日本の国立歴史資料館では、研究者たちが異変を確認していた。
展示されていた資料そのものが消えたわけではない。
写真も、文書も、映像も、そのまま残っている。
しかし、それらが記録している歴史は、すでに現実とは異なり始めていた。
真珠湾攻撃。
昭和十六年十二月八日。
日本海軍の機動部隊による奇襲攻撃。
その出来事は、未来日本の歴史書には確かに存在している。
だが、昭和十六年の世界では、起きなかった。
研究者の一人が言った。
「これは、どう考えればいいんでしょう」
年配の教授が答えた。
「分からん」
「歴史が変わったんですよね」
「そうだろうな」
「では、私たちの記憶はどうなるんですか」
教授は、しばらく考えた。
「少なくとも、今のところは変わっていない」
「今のところ?」
「明日もそうとは限らん」
若い研究者は、展示されている写真を見た。
真珠湾の炎上する艦船。
その写真は、確かに存在している。
しかし、もう一つの日本では、その光景は現実にならなかった。
「教授」
「何だ」
「私たちは、存在していていいんでしょうか」
教授は、若い研究者を見た。
「どういう意味だ」
「真珠湾攻撃が起きなければ、戦争の経過が変わります。戦争の経過が変われば、戦後の社会も変わります。そうなれば、私の両親が出会うことも、私が生まれることも、なかったかもしれません」
教授は黙っていた。
「でも、私はここにいます」
若い研究者は、自分の手を見た。
「どうしてでしょう」
教授は、しばらく考えた。
そして、ゆっくりと答えた。
「分からんよ」
若い研究者は顔を上げた。
教授は続けた。
「しかし、君がここにいることは確かだ」
「はい」
「ならば、まずはそれを信じるしかない」
若い研究者は、少し笑った。
「歴史学者らしくない答えですね」
教授も笑った。
「歴史学者は、起きたことを調べるのが仕事だからな」
教授は、真珠湾攻撃の写真を見た。
「起きなかった歴史を研究するのは、初めてだ」




