十三 軍服を脱ぐ日
真壁宗一郎は、参謀本部を出ると、東京の街を歩いた。
十二月八日の夕方。
本来なら、街は戦勝の報道に沸いていたはずだった。
しかし、今の東京は静かだった。
新聞売りの少年が号外を配っている。
『対米開戦延期』
人々は、立ち止まって新聞を読んでいた。
安堵する者もいた。
怒る者もいた。
困惑する者もいた。
真壁は、その様子を眺めながら歩いた。
街角の食堂から、煮物の匂いが漂ってきた。
彼は、ふと足を止めた。
暖簾をくぐる。
店内には、数人の客がいた。
真壁は、空いている席に座った。
「何にします」
女将が尋ねた。
「飯と味噌汁を」
「おかずは」
「任せる」
女将は頷いた。
しばらくして、焼き魚と漬物が運ばれてきた。
真壁は箸を取った。
魚は少し塩辛かった。
味噌汁は熱かった。
彼は、ゆっくりと食べた。
隣の席では、若い男たちが新聞を読んでいた。
「戦争、なくなるのかな」
一人が言った。
「分からんよ」
別の男が答えた。
「でも、なくなるなら、それに越したことはない」
「そうだな」
真壁は、箸を止めた。
軍人である自分は、戦争の準備をしてきた。
戦争が始まれば、命令に従って戦うつもりだった。
しかし、目の前の若者たちは、戦争がなくなることを喜んでいる。
当然だ。
彼らは戦争を望んでいない。
真壁は、味噌汁を飲んだ。
自分は何のために軍人になったのだろう。
国家のため。
天皇のため。
家族のため。
それらは、すべて本当だった。
しかし、そのどれもが、戦争を始める理由になるとは限らない。
真壁は、食事を終えると勘定を払った。
外へ出る。
夕暮れの東京には、人々の生活が続いていた。
店を閉める商人。
家路を急ぐ勤め人。
母親の手を引く子供。
真壁は、その光景を見つめた。
未来日本の写真に写っていた焼け野原。
あれは、今、自分の目の前にある街だった。
もし戦争を止められれば、この街は焼けずに済むかもしれない。
その代わり、未来日本の東京とは違う街になるだろう。
真壁は、少し笑った。
それでいいではないか。
未来の東京と同じになる必要はない。
今の東京が、生き残ればいい。
彼は、そう思った。




