十二 未来の日本国
昭和十六年十二月八日、午後三時。
未来日本政府は、全国民に向けて緊急会見を行った。
榊原直人は、官邸の記者会見場に立っていた。
カメラの赤いランプが点灯する。
記者たちは、いつもより静かだった。
榊原は、用意された原稿を見た。
そこには、官僚たちが慎重に選んだ言葉が並んでいた。
時空間異常。
国家存立に関わる事態。
国民生活への影響。
外交関係の再構築。
どれも必要な言葉だった。
しかし、榊原は、その原稿を読む気になれなかった。
彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「国民の皆さん」
会見場が静まり返った。
「昨日から今日にかけて、私たちの国では、これまで経験したことのない出来事が起きています」
榊原は、少し間を置いた。
「私たちの日本は、昭和十六年の世界に存在しています」
記者たちが、一斉にペンを走らせた。
「正確に何が起きたのか、政府にもまだ分かっていません。元の世界へ戻れるのかどうかも、現時点では不明です」
榊原は、原稿に目を落とした。
そして、続けた。
「海外との通信と物流は、大きな影響を受けています。エネルギー、食料、医薬品、工業製品など、今後の供給に問題が生じる可能性があります」
会見場がざわついた。
榊原は、言葉を選びながら続けた。
「政府は、国内の備蓄と生産能力を確認し、必要な対策を進めています。ただし、すべての問題を短期間で解決できるとは申し上げられません」
一人の記者が手を上げた。
「総理、国民に節約を求めるということですか」
「必要になる可能性があります」
「配給制も検討していますか」
「現時点で決定していません。ただ、あらゆる選択肢を検討しています」
別の記者が尋ねた。
「昭和日本との関係は、どうなるのでしょうか」
榊原は答えた。
「外交交渉を続けます」
「軍事衝突の可能性は」
「避けるために、最大限の努力をします」
「真珠湾攻撃は中止されたのですか」
「昭和日本政府から、作戦中止の連絡を受けています」
記者たちが一斉に声を上げた。
榊原は、しばらく待った。
そして、最後に言った。
「私たちは、歴史を知っています」
会見場が静かになった。
「しかし、これから何が起きるかは、誰にも分かりません」
榊原は、カメラを見た。
「未来を知っていることと、未来を決められることは違います」
その言葉は、用意された原稿にはなかった。
「私たちは、昭和十六年の日本を支配するために来たのではありません。過去の人々に、未来の価値観を押しつけるために来たのでもありません」
榊原は、少し息を吸った。
「ただ、私たちが知っている悲劇を、もう一度繰り返してほしくない」
そして、頭を下げた。
会見は終わった。
しかし、記者たちの質問は、まだ終わらなかった。




