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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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十六 未来を守るために


 六月三日、未来日本・東京。


 榊原直人は、首相官邸で新たな報告書を読んでいた。

歴史改変現象によって、未来日本の国民の一部が消え始めている。

その数は、まだ正確に把握できていなかった。

しかし、報告は増えていた。

戸籍から消えた人。

写真から消えた人。

家族の記憶から消えた人。

そして、本人だけが存在を覚えている人。

榊原は、資料を閉じた。

父の写真は、ほとんど白くなっていた。

しかし、父の名前は覚えている。

榊原正一。

昭和二十一年生まれ。

彼は、机の上の紙へその名前を書いた。

榊原正一。

もう一度書いた。

榊原正一。

何度書いても、父の顔が戻るわけではない。

それでも、書かずにはいられなかった。

そのとき、官房長官が部屋へ入ってきた。

「総理。昭和日本から連絡です」

榊原は、顔を上げた。

「何ですか」

「関東軍の秘密研究に関する新しい情報が入りました」

「クラウスですか」

「はい」

官房長官は、資料を差し出した。

「満洲北部で、研究活動が再開されている可能性があります」

榊原は、資料を見た。

「昭和日本政府は?」

「調査を進めています」

榊原は、しばらく考えた。

「真壁さんは?」

「すでに現地へ向かう準備をしているそうです」

榊原は頷いた。

「小野寺さんにも、連絡してください」

「承知しました」

榊原は、窓の外を見た。

東京の街には、六月の雨が降り始めていた。

未来日本が昭和十七年へ現れてから、半年近くが過ぎていた。

世界は、大きく変わり始めている。

真珠湾攻撃は中止され、米国との戦争は回避された。

中国との停戦交渉が進み、核兵器の危険性について国際的な議論が始まった。

しかし、欧州では戦争が続いている。

ドイツは、未来の技術を求めている。

そして、未来日本では、人々が消え始めている。

榊原は、机の上の紙を見た。

そこには、父の名前が何度も書かれていた。

榊原正一。

榊原正一。

榊原正一。

榊原は、ペンを置いた。

未来を守るために、過去を変えた。

しかし、過去を変えたことで、未来が失われようとしている。

その矛盾を、どうすれば解決できるのか。

まだ、答えはなかった。

そのころ、満洲北部では、フリードリヒ・クラウスが研究資料の移送を進めていた。

関東軍の一部将校が協力し、朝鮮半島へ向けた新たな計画が動き始めていた。

そして、京都では、中国との停戦協議が新たな局面を迎えようとしていた。

世界は、まだ知らなかった。

未来日本の出現によって始まった歴史の変化が、やがて二つの日本だけでは済まない問題へ発展していくことを・・・

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