十四 ベルリンの計算
五月二十九日、ドイツ・ベルリン。
総統官邸では、東部戦線に関する会議が行われていた。
ドイツ軍は、ソ連との戦争を続けている。
昨年末のモスクワ方面での攻勢は失敗し、冬の間に大きな損害を受けた。
しかし、ドイツ軍はまだ強大だった。
夏に向けて、新たな攻勢計画が進められている。
ヒトラーは、地図を見つめていた。
「南方へ進む」
彼は言った。
「石油を確保しなければならん」
将校たちは頷いた。
コーカサスの油田。
ドイツにとって、石油は重要な戦略資源だった。
未来日本の歴史資料によれば、ドイツ軍はこの年、南方へ大規模な攻勢を開始する。
そして、スターリングラードで大きな敗北を喫する。
しかし、ヒトラーは、その未来を変えるつもりだった。
「スターリングラードという都市に、過度に兵力を集中させる必要はない」
彼は、地図を指した。
将校たちは、顔を見合わせた。
「総統閣下」
一人が口を開いた。
「その判断は、未来日本の資料に基づくものでしょうか」
ヒトラーは、将校を見た。
「未来の歴史が、我々の敗北を示しているのなら、その通りに進む必要はない」
将校は、黙った。
ヒトラーは続けた。
「我々は、歴史を変える」
会議室には、重い空気が漂っていた。
しかし、未来の歴史を知ったからといって、すべてが変わるわけではない。
ドイツ軍の補給能力。
ソ連の広大な国土。
石油の不足。
兵士たちの疲労。
それらは、未来を知っただけでは解決できなかった。
会議が終わったあと、情報機関の担当者がヒトラーへ報告した。
「総統閣下。日本における技術情報収集について、新たな進展があります」
ヒトラーは、顔を上げた。
「何だ」
「満洲で、未来日本の研究資料を再収集する計画が進められています」
「誰が指揮している」
「フリードリヒ・クラウスです」
ヒトラーは、少し考えた。
「成果は?」
「まだ限定的です」
ヒトラーは、机を叩いた。
「時間がない」
担当者は、頭を下げた。
「承知しております」
ヒトラーは、地図を見た。
東部戦線。
コーカサス。
スターリングラード。
未来の歴史では、ここからドイツの敗北が始まる。
しかし、彼はその未来を認めなかった。
「必要な情報を手に入れろ」
ヒトラーは、低い声で言った。
「どんな手段を使ってもだ」




