七 真壁大佐の手紙
真壁宗一郎は、夜明け前から机に向かっていた。
参謀本部の一室。
窓の外では、冬の風が街路樹を揺らしている。
机には、未来日本から提供された資料が置かれていた。
東京大空襲。
沖縄戦。
広島。
長崎。
敗戦。
占領。
そして、日本国憲法。
真壁は、そのすべてを理解できたわけではなかった。
とりわけ、日本が戦争に敗れた後も国家として存続し、やがて経済大国になったという事実が、どうしても腑に落ちなかった。
軍人として教育を受けた彼にとって、国家の敗北は、ほとんど国家の死と同じ意味を持っていた。
しかし、未来日本は存在している。
東京には高層建築が立ち並び、人々は自由に暮らしている。
戦争に負けた日本が、戦争に勝とうとしている日本より豊かになっている。
それは、真壁がこれまで信じてきた価値観を、根本から揺さぶるものだった。
彼は、机の引き出しから便箋を取り出した。
妻への手紙を書こうと思った。
しかし、筆が進まなかった。
何を書けばよいのか分からない。
未来から日本が来た。
戦争が始まらないかもしれない。
自分は三年後に死ぬらしい。
そんなことを、妻に書けるはずがなかった。
真壁は、しばらく便箋を眺めた。
やがて、ゆっくりと書き始めた。
『家のこと、変わりはないか』
それだけ書いて、手を止めた。
あまりにも平凡な書き出しだった。
しかし、それ以外の言葉が思いつかなかった。
彼は続けた。
『こちらは忙しいが、身体に変わりはない。宗太郎の学校のこと、よろしく頼む』
息子は十二歳だった。
算術が苦手で、国語が得意だった。
将来は新聞記者になりたいと言っている。
真壁は、その夢をあまり好ましく思っていなかった。
男なら軍人になるべきだと、何度か言ったことがある。
息子は、そのたびに黙っていた。
真壁は筆を止めた。
未来日本の資料には、息子の名前もあった。
戦後、新聞社に入り、長く記者として働いたという。
父の死後、母を支えながら生きたらしい。
真壁は、資料を読み返した。
息子は、軍人にはならなかった。
それでも、立派に生きた。
真壁は便箋に、もう一行書き加えた。
『宗太郎には、好きな勉強をさせてやってくれ』
書き終えてから、少し照れくさくなった。
妻は、どう思うだろう。
急に物分かりがよくなったと笑うかもしれない。
真壁は手紙を封筒に入れた。
そして、机の上に置かれた未来の資料を見た。
自分の死亡年月日。
昭和十九年七月七日。
サイパン島。
戦死。
真壁は、その紙を裏返した。
未来を知ったからといって、死ぬ日を待つつもりはなかった。




