六 昭和の新聞
昭和十六年十二月八日。
東京の朝は、まだ暗かった。
新聞配達の少年が、自転車を押しながら路地を進んでいた。
新聞の一面には、見慣れない見出しが並んでいる。
『未来日本国、帝都東方ニ出現』
『対米開戦、政府慎重審議』
『帝国海軍、北太平洋ニ於テ米軍ト交戦』
本来なら、この日の新聞は別の見出しで埋まっていたはずだった。
しかし、その歴史はすでに変わっている。
神田の印刷所で働く佐伯源蔵は、新聞を読みながら朝食を取っていた。
妻が味噌汁を置く。
「何だい、その顔は」
源蔵は新聞を見せた。
「未来の日本だそうだ」
妻は眉をひそめた。
「未来?」
「八十五年後の日本が現れたんだと」
「そんな馬鹿な話があるかい」
「俺もそう思う」
源蔵は味噌汁をすすった。
「でも、海軍が認めたらしい」
妻は新聞を受け取った。
写真には、見たこともない巨大な建物が写っていた。
「これが東京?」
「そうらしい」
「ずいぶん立派だねえ」
「そうだな」
妻はしばらく写真を見ていた。
「じゃあ、戦争は終わってるのかね」
源蔵は箸を止めた。
「そりゃ、八十五年も経ってるんだから、終わってるだろう」
「勝ったのかい」
源蔵は答えなかった。
新聞には、そのことが書かれていなかった。
未来日本の存在は報じられていた。
しかし、太平洋戦争の結末については、政府が発表を控えていた。
源蔵は新聞を折りたたんだ。
「勝ったかどうかは分からんが」
妻を見る。
「日本が残ってるってことは、確かなんだろうな」
妻は頷いた。
「それなら、いいじゃないか」
源蔵は、しばらく考えた。
そして、少し笑った。
「そうかもしれんな」
その朝、東京の人々は、初めて未来を新聞で読んだ。
そこに書かれていたのは、まだ誰も理解できない未来だった。




