八 消える人々
五月十七日、未来日本・東京。
国立歴史資料保存機構では、連日、奇妙な報告が寄せられていた。
古い写真から人物が消える。
戸籍の記録が変わる。
家族の記憶が一致しなくなる。
当初、研究者たちは、記録媒体の異常や集団的な記憶の混乱を疑っていた。
しかし、現象はそれだけでは説明できなかった。
研究員の森田圭介は、机の上に置かれた二枚の写真を見比べていた。
一枚は、四月二十日に撮影された家族写真。
もう一枚は、同じ写真を五月十六日に複写したものだった。
四月の写真には、五人の家族が写っていた。
五月の写真には、四人しかいなかった。
消えたのは、母親だった。
森田は、資料を閉じた。
「どうなってるんだ……」
同僚が声をかけた。
「またですか」
「ええ」
森田は、写真を見せた。
同僚は、しばらく黙っていた。
「この女性、どこへ行ったんでしょう」
森田は首を振った。
「分かりません」
「本人は?」
「所在不明です」
同僚は、写真を見つめた。
「家族は覚えているんですか」
「夫だけです」
「子どもは?」
「母親がいたことを覚えていません」
同僚は、顔をしかめた。
「そんなことが……」
森田は、椅子にもたれた。
「私たちは、歴史が変われば記録も変わると考えていました」
「はい」
「でも、記録だけじゃない」
森田は、写真を指した。
「人間そのものが、変化している」
同僚は、何も言えなかった。
森田は、机の上の報告書を見た。
そこには、政府へ提出する予定の文書が置かれていた。
『時空間異常に伴う歴史改変現象の進行について』
森田は、ペンを取った。
しかし、書き始める前に手が止まった。
この現象を、どう説明すればよいのか。
過去が変われば、未来も変わる。
それは、理屈としては理解できる。
しかし、未来から来た人間が、すでにこの世界に存在している。
その人間の過去が変わったとき、何が起きるのか。
誰にも分からなかった。
森田は、報告書の最後に一文を書き加えた。
『現時点では、現象の進行を停止させる方法は確認されていない。』




