七 京都停戦協定の亀裂
五月十五日、京都。
中国国民政府の代表、宋子文は、会議室で新しい報告書を読んでいた。
中国中部の一部地域で、日本軍と中国軍の小規模な衝突が再発している。
一月末の京都停戦予備協定によって、いくつかの戦線では戦闘が停止されていた。
しかし、すべての部隊が命令に従っているわけではなかった。
現地では、停戦の範囲を巡る解釈の違いが続いていた。
宋子文は、資料を机へ置いた。
「日本軍は、まだ撤退するつもりがないのではないか」
側近が答えた。
「現地の部隊によって、対応が異なっています」
「それでは困る」
宋子文は、少し苛立ったように言った。
「政府が停戦を約束しても、軍が従わなければ意味がない」
側近は黙った。
そのとき、周恩来が部屋へ入ってきた。
「宋先生」
宋子文は顔を上げた。
「周先生」
周恩来は、椅子に腰を下ろした。
「日本軍の動きについて、こちらにも報告が入っています」
「どう見ていますか」
「一部の部隊は、撤退命令を受け入れようとしていません」
宋子文は、苦い顔をした。
「予想していたことです」
周恩来は、しばらく考えた。
「しかし、日本軍だけの問題ではありません」
宋子文は、顔を上げた。
「どういう意味です」
「中国側にも、停戦を望まない者がいます」
宋子文は、黙った。
国民政府と共産党の関係は、決して良好ではない。
日本軍との戦争が終われば、再び国内の主導権を巡る対立が激しくなる可能性がある。
周恩来は続けた。
「日本軍が撤退した地域を、誰が管理するのか。その問題を避けることはできません」
宋子文は、しばらく考えた。
「中国の領土は、中国政府が管理します」
「その政府とは、どの政府ですか」
宋子文の表情が変わった。
「国民政府です」
周恩来は、静かに答えた。
「それが、すべての中国人の合意とは限りません」
会議室に沈黙が落ちた。
宋子文は、窓の外を見た。
京都の庭には、青々とした木々が広がっていた。
中国では、今も人々が戦争に苦しんでいる。
日本軍が撤退すれば、戦争は終わるのか。
それとも、別の戦争が始まるのか。
宋子文は、深く息を吐いた。
「まず、日本軍を撤退させることです」
周恩来は頷いた。
「その点では、同じ考えです」
二人は、それ以上言葉を交わさなかった。




