五 真壁宗一郎の決断
五月十二日、昭和日本・東京。
真壁宗一郎は、参謀本部の一室で東條英機と向き合っていた。
机の上には、茨城県の研究所襲撃事件に関する報告書が置かれていた。
「クラウスが逃走したそうだな」
東條が言った。
「はい」
「未来日本側は、どう見ている」
「ドイツの情報機関が関与した可能性を調べています」
東條は、報告書をめくった。
「我が国の軍人が関与していた可能性は?」
真壁は、慎重に答えた。
「否定できません」
東條は、顔を上げた。
「野村の残党か」
「それも考えられます」
真壁は、別の資料を差し出した。
「満洲で回収された研究資料の一部に、ドイツ人研究者の関与を示す記録がありました」
東條は、資料を見た。
「クラウスか」
「はい」
「どこまで関与していた」
「研究計画の助言と、資料の入手に関わっていた可能性があります」
東條は、しばらく黙っていた。
「ドイツ大使館には、何か伝えたか」
「まだです」
「正式な外交問題にするには、証拠が足りん」
「承知しております」
東條は、眼鏡を外した。
「真壁」
「はい」
「お前は、未来日本の警察官と協力していたな」
「小野寺警部補のことでしょうか」
「そうだ」
「はい」
東條は、しばらく考えた。
「今回も協力できるか」
真壁は、顔を上げた。
「もちろんです」
「ただし、帝国の主権を損なうことは許さん」
「承知しております」
東條は頷いた。
「未来日本側と連絡を取り、クラウスの行方を調べろ」
「はっ」
真壁は、深く頭を下げた。
部屋を出ると、廊下には若い将校たちが行き交っていた。
その中には、真壁を見て小声で何かを話す者もいた。
未来日本との協力を進める真壁を、快く思わない軍人は少なくなかった。
彼らにとって、未来日本は奇妙な存在だった。
同じ日本でありながら、帝国の軍事政策を批判し、中国との和平を求め、ドイツとの技術協力にも反対する。
未来日本は、帝国の味方なのか。
それとも、帝国を弱体化させようとする敵なのか。
真壁は、廊下を歩きながら考えた。
その問いに、簡単な答えはない。
しかし、少なくとも今は、未来日本と協力しなければならない。
八咫烏計画の残された資料が、どこへ流れたのか。
それを調べなければ、同じ事件が繰り返される。
真壁は、電話室へ向かった。




