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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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十五 夜明け前の研究所


 五月十日、午前三時十五分。


 茨城県の研究施設では、警察による捜索が続いていた。

建物の一部は停電していたが、非常用電源が作動し、廊下には薄い明かりが戻っていた。

三浦隆文は、研究室の床に座っていた。

手首には、結束具が巻かれていた。

目の前には、二人の男がいた。

一人は日本人。もう一人は外国人だった。

外国人の男は、眼鏡をかけていた。

「三浦博士」

男が言った。

「あなたの研究資料を、見せていただきたい」

三浦は、首を振った。

「できません」

男は、少し笑った。

「難しいことではありません」

「軍事利用される可能性があります」

「それは、あなたが決めることではない」

三浦は、男を見た。

「あなたは、誰ですか」

男は、しばらく黙っていた。

「フリードリヒ・クラウス」

三浦は、その名前を知らなかった。

クラウスは、机の上のパソコンを指した。

「ここに、必要な情報があるのでしょう」

三浦は、黙っていた。

「協力していただければ、危害を加えるつもりはありません」

三浦は、静かに答えた。

「それは、前にも聞きました」

クラウスの表情が変わった。

「前にも?」

「昨年、軍人に誘拐されました」

三浦は続けた。

「そのときも、同じことを言われました」

クラウスは、しばらく三浦を見つめた。

「では、今回は違う方法を考えましょう」

そのとき、廊下の向こうから声が聞こえた。

「警察です! 中にいる方は、応答してください!」

クラウスは、顔を上げた。

日本人の男が、慌てて扉へ向かった。

「どうしますか」

クラウスは、しばらく考えた。

そして、鞄を手に取った。

「時間切れのようだ」

三浦は、顔を上げた。

クラウスは、三浦へ向き直った。

「あなた方は、未来の歴史を知っている」

三浦は、黙っていた。

「しかし、未来を知ることと、未来を支配することは違う」

クラウスは、静かに続けた。

「ドイツは、まだ負けていません」

その直後、研究室の扉が開いた。

警察官たちが突入した。

「動くな!」

日本人の男は、すぐに両手を上げた。

しかし、クラウスは窓際へ向かった。

警察官が叫んだ。

「止まれ!」

クラウスは、振り返らなかった。

窓の外には、暗い中庭が広がっていた。

次の瞬間、ガラスが割れる音が響いた。

クラウスの姿が、窓の向こうへ消えた。

警察官たちは、窓へ駆け寄った。

しかし、外には誰もいなかった。

三浦は、床に座ったまま、荒い息をしていた。

警察官が近づいた。

「大丈夫ですか」

三浦は、ゆっくり頷いた。

「はい」

しかし、その声は震えていた。

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