十三 研究所の夜
五月九日、未来日本・茨城県。
国立の研究施設では、夜遅くまで職員たちが働いていた。
時空間異常の発生以来、未来日本の科学研究機関には多くの仕事が集中していた。
エネルギー問題、食糧生産、医薬品の確保、昭和日本との技術協力。
その一方で、未来の軍事技術が流出しないよう、研究資料の管理も厳しくなっていた。
研究員の三浦隆文は、机の上の書類を整理していた。
三十六歳。航空宇宙分野の推進技術を研究している。
昨年十二月、昭和日本の軍人に誘拐され、未来の航空技術を提供するよう脅迫された経験があった。
救出されたあと、三浦はしばらく研究所へ戻れなかった。
しかし、今は再び仕事を続けている。
同僚が声をかけた。
「三浦さん、まだ帰らないんですか」
「もう少しだけ」
「無理しないでくださいよ」
三浦は、少し笑った。
「分かってる」
同僚が帰ると、研究室は静かになった。
三浦は、パソコンの画面を見た。
そこには、航空機の推進技術に関する研究資料が表示されていた。
未来日本の技術は、昭和十七年の世界では非常に価値が高い。
しかし、その技術を誰に渡すべきなのか。
三浦には、まだ答えが出せなかった。
彼は、昨年の誘拐事件を思い出した。
薄暗い倉庫。
軍服を着た男たち。
未来の技術を渡せと迫る声。
三浦は、首を振った。
もう、あのような経験はしたくなかった。
そのとき、廊下で物音がした。
三浦は、顔を上げた。
時計を見ると、午後十時を過ぎていた。
「誰かいるんですか」
返事はなかった。
三浦は、椅子から立ち上がった。
廊下へ出ると、非常灯だけが点いていた。
遠くで、扉が閉まる音がした。
三浦は、警備室へ連絡しようとした。
しかし、その瞬間、建物の照明が消えた。
暗闇の中で、非常用の警報が鳴り始めた。
三浦は、息を止めた。
誰かが、研究所へ侵入したのかもしれない。
彼は、机の上の携帯電話を手に取った。
そのとき、背後から低い声が聞こえた。
「動かないでください」
三浦は、ゆっくり振り返った。
暗闇の中に、男の姿があった。
顔は見えなかった。
しかし、その男が日本人ではないことは、声の調子で分かった。
「あなたに、聞きたいことがあります」
男は、静かに言った。
「未来の技術についてです」
三浦の背中に、冷たい汗が流れた。




