十二 五月の密談
五月六日、昭和日本・東京。
ドイツ大使館の一室で、オイゲン・オット大使は一人の男と会っていた。
男は、フリードリヒ・クラウスだった。
クラウスは、灰色の背広を着ていた。眼鏡の奥の目は落ち着いていたが、表情には疲れが見えた。
オットは、机の上の書類を閉じた。
「君は、満洲で何をしていた」
クラウスは、静かに答えた。
「技術調査です」
「それだけか」
「はい」
オットは、クラウスを見た。
「ベルリンから、君に関する問い合わせが来ている」
クラウスは黙った。
「未来日本の資料を、独自に入手しようとしていたそうだな」
「必要な情報でした」
「誰にとって」
クラウスは、少し考えた。
「ドイツにとってです」
オットは、ため息をついた。
「君たちは、外交官の仕事を難しくする」
クラウスは、何も言わなかった。
オットは続けた。
「未来日本との関係は、すでに悪化している。昭和日本政府も、我々の要求に応じなかった」
「だからこそ、別の方法が必要なのです」
オットの表情が変わった。
「何を考えている」
クラウスは、鞄から一枚の紙を取り出した。
そこには、未来日本の研究施設に関する情報が記されていた。
オットは、紙を見た。
「これは?」
「未来日本の科学技術研究機関です」
「どこで入手した」
「協力者からです」
オットは、しばらく黙っていた。
「君は、何をするつもりだ」
クラウスは、静かに答えた。
「資料を手に入れます」
「合法的にか」
クラウスは答えなかった。
オットは、紙を机へ戻した。
「私は、そのような活動を認めない」
クラウスは、少し笑った。
「大使閣下。ベルリンは、結果を求めています」
「結果のためなら、何をしてもよいというわけではない」
クラウスは、立ち上がった。
「ご忠告、感謝します」
オットは、厳しい顔で言った。
「クラウス。日本で問題を起こせば、ドイツの立場はさらに悪くなる」
クラウスは、扉の前で振り返った。
「そのときは、私個人の責任ということになるでしょう」
オットは、何も答えなかった。
クラウスが退室したあと、オットは長い時間、机の前に座っていた。
外交官として、彼は戦争の拡大を望んでいなかった。
しかし、ベルリンの指示は、次第に強硬になっている。
未来日本の技術を巡る争いは、外交交渉の範囲を越え始めていた。




