十一 クラウスの行方
五月四日、昭和日本・東京。
真壁宗一郎は、参謀本部でフリードリヒ・クラウスに関する報告書を読んでいた。
クラウスは、ドイツの科学技術情報関係者として日本と満洲を往来していた人物だった。
表向きは工業技術の顧問だったが、実際には未来日本の科学技術資料を入手するため、複数の関係者と接触していたとみられている。
真壁は、報告書の最後のページをめくった。
そこには、クラウスが四月下旬に満洲から姿を消したと記されていた。
「行方不明か」
真壁は、独り言のように呟いた。
部下が答えた。
「はい」
「ドイツへ戻った可能性は」
「確認できておりません」
「昭和日本国内にいる可能性は」
「あります」
真壁は、しばらく考えた。
クラウスは、未来日本の資料を求めていた。
関東軍の秘密研究にも関与していた可能性がある。
そして、ドイツ政府は四月三十日の回答を受け、未来日本に対する情報活動を強化しようとしている。
真壁は、部下へ命じた。
「クラウスの出入国記録を調べろ」
「はっ」
「それから、ドイツ大使館との接触記録も確認する」
部下は頷いた。
真壁は、机の上の写真を見た。
眼鏡をかけた四十代の男。
その顔には、特別な特徴はなかった。
しかし、未来の軍事技術を巡る事件の中心に、この男がいる可能性が高かった。
真壁は、写真を封筒へ戻した。
その日の夕方、真壁は自宅へ帰った。
妻の澄江が、夕食の支度をしていた。
「お帰りなさい」
「ああ」
息子の宗太郎は、机に向かって何かを書いていた。
「何をしている」
真壁が尋ねた。
「新聞の記事」
「新聞?」
「学校で、新聞を作ることになったんだ」
真壁は、息子の机を覗いた。
そこには、二つの日本についての記事が書かれていた。
『未来から来た日本は、私たちの国と同じ名前を持っています。しかし、暮らしも政治も違います。』
真壁は、少し笑った。
「難しいことを書いているな」
宗太郎は、真剣な顔で答えた。
「お父さん」
「何だ」
「未来の日本って、戦争をしない国なの?」
真壁は、すぐには答えられなかった。
「戦争をしないように、努力している国だと思う」
宗太郎は、少し考えた。
「じゃあ、僕たちもそうなれる?」
真壁は、息子を見た。
「なれるかもしれん」
「本当?」
「ああ」
真壁は、静かに答えた。
「そのために、大人たちが頑張らなければならん」
宗太郎は頷いた。
真壁は、息子の頭を軽く撫でた。
その夜、真壁は久しぶりに家族と食卓を囲んだ。
しかし、心のどこかでは、クラウスの行方が気になっていた。




