八 上海事件の真相
四月二十八日、未来日本・東京。
小野寺美咲は、佐伯和彦殺害事件の資料を読み返していた。
事件が起きたのは、昨年十二月二十七日。
佐伯は、上海のホテルで遺体となって発見された。所持していた電子機器は消えていた。
当時、佐伯は未来日本の通信関係者として働いていたが、時空間異常によって生活が不安定になり、外国の情報関係者へ資料を売ろうとしていたとみられている。
小野寺は、写真を机へ並べた。
佐伯の宿泊していたホテル。
事件当日の廊下。
遺体が発見された部屋。
そして、現地警察が作成した報告書。
ヴェーバーの証言によれば、電子機器は中国人の仲介人を通じて購入したという。
しかし、その仲介人が佐伯を殺害したのかどうかは分からない。
小野寺は、別の資料を取り出した。
そこには、フリードリヒ・クラウスというドイツ人の写真があった。
未来日本の情報機関が、昭和日本側から提供された資料をもとに確認した人物だった。
写真には、眼鏡をかけた四十代の男が写っていた。
小野寺は、その顔を見つめた。
工藤和也が証言した「博士」と呼ばれていたドイツ人。
ヴェーバーが名前を挙げた科学技術情報関係者。
そして、満洲の八咫烏計画に関与していた可能性のある人物。
すべてが同一人物である可能性があった。
小野寺は、真壁宗一郎へ連絡を取った。
電話がつながると、真壁の声が聞こえた。
「真壁です」
「小野寺です」
「どうしました」
「確認したい人物がいます」
「誰ですか」
「フリードリヒ・クラウス」
電話の向こうが静かになった。
「その名前を、どこで」
「上海から来たドイツ人の証言です」
真壁は、しばらく黙った。
「こちらでも、その名前が出ています」
小野寺は、顔を上げた。
「どこからですか」
「満洲の研究資料です」
真壁は続けた。
「ドイツ語の書き込みがある資料が見つかりました。片岡少佐が調べたところ、クラウスという人物が研究に関与していた可能性があるそうです」
小野寺は、机の上の写真を見た。
「その人物の所在は?」
「不明です」
小野寺は、少し考えた。
「真壁さん」
「はい」
「この事件、まだ終わっていませんね」
真壁は、静かに答えた。
「ええ」
電話が切れた。
小野寺は、写真を封筒へ戻した。
上海で殺された佐伯和彦。
未来の資料を持ち出した工藤和也。
関東軍の野村清隆。
ドイツの情報関係者クラウス。
それぞれ別の場所で起きた事件が、一人の人物を中心につながり始めていた。




