五 消えた研究資料
四月二十五日、満洲国・新京。
片岡信彦は、研究施設から回収された資料を確認していた。
八咫烏計画の秘密施設は封鎖されたが、研究記録の一部が行方不明になっていた。
特に、未来日本の科学技術に関する複製資料が数冊、所在不明となっている。
片岡は、目録を見ながら首を振った。
「これでは、何が持ち出されたのか分からない」
同行していた将校が答えた。
「施設の記録が不完全だったようです」
「不完全ではなく、意図的に残していなかったのではないか」
将校は黙った。
片岡は、机の上の箱を開いた。
中には研究者たちの手書きのノートが入っていた。原子核の性質、放射線の測定、実験装置の構造について記されている。
しかし、未来日本の資料から引用した部分が、途中で切れているものも多かった。
片岡は、しばらく考えた。
「この資料は、誰が管理していた」
「野村大佐の部下であります」
「名前は」
「現在、確認中です」
片岡は、ため息をついた。
その日の夕方、真壁宗一郎から電話があった。
「片岡少佐。調査はどうだ」
「難航しております」
「資料は見つかったか」
「一部は回収しました。しかし、重要な記録が不足しています」
真壁は、少し黙った。
「持ち出した者の見当は?」
「まだ」
「そうか」
片岡は、声を落とした。
「大佐殿。私は、気になることがあります」
「何だ」
「研究資料の中に、ドイツ語の書き込みがありました」
真壁の声が変わった。
「ドイツ語?」
「はい」
「内容は」
「原子核研究に関する専門用語です。しかし、筆跡は日本人の研究者のものではないように思えます」
真壁は、しばらく黙っていた。
「資料を保管しておいてくれ」
「承知しました」
「東京へ戻ったら、詳しく聞く」
電話が切れた。
片岡は、机の上のノートを見つめた。
未来日本の資料。
関東軍の秘密研究。
ドイツ語の書き込み。
それらが、偶然重なったとは思えなかった。




