三 東條英機の苦悩
四月二十二日、昭和日本・東京。
東條英機は、陸軍省の会議室で将校たちの報告を受けていた。
議題は、関東軍の八咫烏計画に関する調査だった。
野村清隆大佐は、命令違反の疑いで職務から外され、事情聴取を受けている。しかし、計画に関与した将校や研究者の全容は、まだ把握できていなかった。
「研究資料の一部が行方不明となっています」
担当将校が説明した。
東條は、眼鏡を外した。
「どれほどだ」
「正確な数は不明であります」
「不明、不明と、そればかりだな」
将校は、頭を下げた。
「申し訳ありません」
東條は、資料を机へ置いた。
「関東軍司令部は、何をしていた」
「現地の一部将校が、司令部への報告を避けていた可能性があります」
「それを監督するのが、司令部の仕事だろう」
東條の声が強くなった。
会議室は静まり返った。
東條は、しばらくしてから声を落とした。
「野村一人を処分して終わりにするつもりはない」
将校たちは、顔を上げた。
「このような計画が、なぜ政府の統制を離れて進められたのか。その原因を調べろ」
「はっ」
「研究者たちを、すべて犯罪者扱いする必要はない。しかし、命令違反に関与した者は別だ」
東條は、机の上の地図を見た。
満洲。
帝国が長年にわたって大きな犠牲を払って維持してきた地域だった。
しかし、未来日本の歴史によれば、満洲国は昭和二十年に崩壊する。
ソ連軍が侵攻し、関東軍は敗北する。
その未来を知った将校たちが、帝国を守るために新兵器を求める気持ちは、東條にも理解できた。
だが、それを認めれば、軍は政府の命令を無視して動く組織になってしまう。
東條は、深く息を吐いた。
会議が終わったあと、真壁宗一郎が部屋へ入ってきた。
「総理。ご報告があります」
「何だ」
「未来日本側から、ドイツの要求について共同協議を行いたいとの申し入れがありました」
東條は頷いた。
「聞いている」
「榊原首相は、京都での会談を希望しております」
「そうか」
東條は、しばらく考えた。
「真壁」
「はい」
「お前は、ドイツの要求をどう見る」
真壁は、慎重に答えた。
「技術を提供すれば、欧州戦争がさらに激化する可能性があります」
「提供しなければ?」
「ドイツとの関係が悪化します」
東條は、苦笑した。
「どちらにしても、面倒なことになるな」
真壁は黙っていた。
東條は続けた。
「帝国は、ドイツと同盟を結んでいる。しかし、その同盟が帝国の利益にかなっているかどうか、改めて考える必要がある」
真壁は、顔を上げた。
「総理」
「真珠湾攻撃を中止した以上、我々は史実とは異なる道を歩いている」
東條は、窓の外を見た。
「その道を、最後まで歩けるかどうかだ」




