十五 片岡信彦の証言
四月十四日、新京。
八咫烏計画の秘密施設で起きた銃撃事件は、関東軍内部に大きな衝撃を与えた。
調査の結果、施設の警備にあたっていた兵士の一人が、監察部隊の到着を知って混乱し、同僚と口論になった末に発砲したことが判明した。
死者は一名。負傷者は二名だった。
野村清隆大佐は、研究計画の継続と命令違反について事情聴取を受けることになった。
研究施設は、正式に封鎖された。
しかし、すべての資料が回収されたわけではなかった。
片岡信彦は、真壁宗一郎へ報告した。
「一部の研究記録が、施設から持ち出されています」
真壁は、顔を上げた。
「誰が持ち出した」
「分かりません」
「野村の指示か」
「その可能性があります」
真壁は、ため息をついた。
「またか」
片岡は、しばらく黙っていた。
「大佐殿」
「何だ」
「研究者の中には、純粋に科学を進めたいと考えている者もいます」
「分かっている」
「しかし、軍の命令によって研究を進めているうちに、自分が何を作ろうとしているのか分からなくなる者もいます」
真壁は、片岡を見た。
「君も、そうだったのか」
片岡は、静かに頷いた。
「はい」
真壁は、しばらく考えた。
「これから、どうするつもりだ」
「原子力の研究は続けたいと思っています」
「兵器ではなく?」
「はい」
片岡は、はっきり答えた。
「医療や発電に役立つ研究をしたいのです」
真壁は、少し笑った。
「それなら、未来日本の研究者に会ってみるといい」
片岡は、驚いた顔をした。
「可能でしょうか」
「政府間で協議している」
真壁は続けた。
「君のような研究者が必要になるかもしれん」
片岡は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
真壁は、窓の外を見た。
満洲の空には、春の雲が広がっていた。
しかし、八咫烏計画の影が完全に消えたわけではなかった。
持ち出された資料が、どこへ向かったのか。
誰が、それを利用しようとしているのか。
まだ、何も分かっていなかった。




