十一 未来日本の食卓
四月二日、未来日本・東京。
高橋美咲は、勤務先のスーパーマーケットで商品棚を整理していた。
三十四歳。新宿の店舗で働いている。時空間異常が起きる前は、食品売り場の仕事に特別な不安を感じたことはなかった。
しかし、今では毎日のように品不足が起きていた。
輸入食品の多くが姿を消し、国産品にも購入制限が設けられている。客からの問い合わせは増え、店員同士の会話も自然と在庫の話ばかりになった。
その日、年配の女性が美咲へ尋ねた。
「お米、まだ入らないの?」
「申し訳ありません。次の入荷は明後日の予定です」
「この前もそう言われたのよ」
女性は、不満そうだった。
「政府は、何とかするって言ってるんでしょう」
「はい」
「だったら、何とかしてほしいわね」
美咲は、頭を下げた。
「申し訳ありません」
女性が去ったあと、美咲は棚の前に立ったまま、しばらく動けなかった。
家に帰れば、小学生の娘が待っている。夫は物流関係の仕事をしているが、燃料不足の影響で勤務が不安定になっていた。
以前は当たり前だった生活が、少しずつ変わっている。
その日の夕方、店長が従業員を集めた。
「来週から、営業時間を短縮します」
従業員たちは顔を見合わせた。
「電力と物流の問題です。人員配置も見直します」
美咲は、黙って聞いていた。
帰宅すると、娘が学校の宿題をしていた。
「お母さん」
「何?」
「昭和の日本って、どんなところだったの?」
美咲は、少し考えた。
「今より、ずっと物が少なかったんじゃないかな」
「じゃあ、今の私たちみたい?」
美咲は、言葉に詰まった。
娘は続けた。
「先生が、戦争の時代は食べ物が足りなかったって言ってた」
美咲は、娘の頭を撫でた。
「そうだね」
「私たちも、戦争してるの?」
「してないよ」
「でも、食べ物が少ないよ」
美咲は、しばらく黙っていた。
「戦争をしていなくても、困ることはあるんだよ」
娘は、よく分からないという顔をした。
美咲は、夕食の支度を始めた。
冷蔵庫には、昨日買った野菜と少しの肉が残っていた。
テレビでは、京都宣言のニュースが流れていた。
核兵器の危険性。
国際協力。
未来の平和。
美咲は、鍋に水を入れながら思った。
世界の平和も大切だ。
しかし、明日の食卓も同じくらい大切だった。




