五 ベルリンの焦燥
三月十二日、ドイツ・ベルリン。
総統官邸の一室で、アドルフ・ヒトラーは日本に関する報告書を読んでいた。
机の上には、未来日本の出現に関する資料が積み上げられている。ドイツ政府は、二つの日本が存在するという事実を受け入れざるを得なくなっていた。
問題は、その未来日本が何を知っているかだった。
ドイツの軍事情報機関は、未来日本が高度な航空機、通信機器、電子計算機を保有していることを確認していた。また、未来日本の歴史資料には、現在進行中の戦争の結末が記されている可能性が高かった。
ヒトラーは、報告書を机へ投げた。
「日本人は、我々に何を隠している」
同席していた将校は、慎重に答えた。
「未来日本政府は、軍事技術の提供を拒否しております」
「なぜだ」
「技術の軍事利用が、国際情勢を不安定にすると説明しています」
ヒトラーは、鼻で笑った。
「自分たちは未来の兵器を持ちながら、我々には渡さないというのか」
将校は黙った。
ヒトラーは立ち上がり、壁に掛けられた欧州の地図を見た。
ドイツ軍は、ソ連との戦争を続けている。昨年末のモスクワ方面での攻勢は失敗し、東部戦線では厳しい冬と補給の問題が軍を苦しめていた。
未来の歴史が正しければ、ドイツはこの戦争に敗北する。
しかし、ヒトラーはその可能性を認めたくなかった。
「未来の歴史など、決まったものではない」
彼は言った。
「我々が未来を知れば、敗北を避けることもできる」
将校は頷いた。
「そのとおりであります」
「ならば、必要な情報を手に入れろ」
ヒトラーは、机の上の資料を指した。
「航空機、潜水艦、通信技術、原子核研究。利用できるものはすべてだ」
将校は、少し躊躇した。
「総統閣下。日本との外交関係に影響する可能性があります」
「外交?」
ヒトラーは、将校を睨んだ。
「同盟国ならば、協力するのが当然ではないか」
将校は、頭を下げた。
「承知しました」
会議が終わると、ベルリンから東京のドイツ大使館へ新たな指示が送られた。
未来日本との技術協議を強く要求すること。
昭和日本に対しても、三国同盟に基づく協力を求めること。
そして、未来日本の情報を入手するための活動を強化すること。
ドイツ政府は、まだ知らなかった。
上海で活動していたヴェーバーが、すでに未来日本への接触を試みていることを。




