三 艦長の報告
戦闘は二十分足らずで終わった。
後に「北太平洋偶発戦」と名づけられるこの衝突は、軍事的に見れば小規模なものだった。
しかし、歴史上の意味は決して小さくなかった。
帝国海軍は三機の航空機を失い、米軍も二機を喪失した。さらに救助活動中の事故や機銃掃射によって、双方に死傷者が出た。
最終的な死者は二十三人。
日本側十五人、米国側八人。
その数が確定するのは、さらに数日後のことである。
水城は艦橋に上がった。
海には、まだ油の臭いが漂っていた。
遠くに《赤城》の艦影が見える。
巨大な空母だった。
水城は、海上自衛隊に入ってから何度も旧日本海軍の資料を読んだ。幹部候補生学校では海軍史も学んだし、休日に呉の資料館を訪れたこともある。
そのとき《赤城》は、写真と模型の中にしか存在しなかった。
いま目の前にあるのは、本物だった。
飛行甲板には人が動いている。
煙突から煙が流れている。
船体は波を切り、確かな重量を持って海上を進んでいた。
水城は、双眼鏡を下ろした。
「艦長」
副長が近づいてきた。
「救助した帝国海軍の操縦員ですが、意識を取り戻したそうです」
「容体は」
「脚部骨折と低体温症です。医官は命に別状なしと」
「そうか」
水城は頷いた。
「ほかの救助者は」
「米軍機の搭乗員一名を含め、四名を収容しています」
水城は海を見た。
「死者は」
副長は少し間を置いた。
「確認できた範囲で十一名です。まだ捜索中です」
水城は何も言わなかった。
自分は一発も撃たなかった。
しかし、十一人が死んだ。
これからさらに増えるかもしれない。
撃たなかったことが正しかったのか。
撃っていれば、もっと多くの命を救えたのか。
その問いに、答えは出なかった。
「艦長」
副長が続けた。
「本国から通信です」
「内容は」
「総理大臣官邸より、戦闘の経緯について至急報告を求める、と」
水城は苦笑した。
「至急か」
「はい」
「分かった。報告書を作る」
副長が敬礼して去った。
水城は、もう一度《赤城》を見た。
昭和十六年の海軍軍人たちは、明日、真珠湾を攻撃するつもりでここまで来た。
その攻撃が成功した後に何が起こるか、彼らは知らない。
水城は知っている。
少なくとも、知っていた。
しかし、もう分からなくなっていた。
歴史が変わったからだ。
未来から来た自分たちは、過去を変えることができる。
その代わり、自分たちが知っている未来を失う。
水城は、ようやくその意味を理解し始めていた。




