三 燃料のない国
三月七日、未来日本・福井県。
大野健司は、運送会社の車庫でトラックの燃料計を見つめていた。
四十歳を目前にした長距離運転手だった。以前は福井から大阪、名古屋、東京まで荷物を運び、一週間のうち半分以上を高速道路で過ごしていた。
しかし、時空間異常が起きてから、仕事は大きく変わった。
燃料の配給が始まり、長距離輸送は必要性の高い物資が優先されるようになった。医薬品、食糧、生活必需品。家具や娯楽用品の輸送は後回しになっている。
会社の所長が車庫へ入ってきた。
「大野、今日の便は中止だ」
大野は振り返った。
「またですか」
「軽油が足りん」
「昨日、補給されるって話だったでしょう」
「それが来ない」
所長は、疲れた顔をしていた。
「製油所の操業も不安定らしい。政府が何とかするとは言ってるがな」
大野は、トラックの扉を閉めた。
「荷物はどうするんです」
「明日まで待ってもらう」
「生鮮食品ですよ」
「分かってる」
所長は、苛立ったように答えた。
「分かってるが、燃料がなければ走れんだろう」
大野は何も言えなかった。
車庫には、動かないトラックが何台も並んでいた。以前なら朝からエンジン音が響いていた場所が、今では妙に静かだった。
帰宅すると、妻が食卓で家計簿をつけていた。
「今日も仕事、なかったの?」
「ああ」
大野は上着を脱いだ。
「燃料が来ない」
妻は、家計簿を閉じた。
「来月の給料、大丈夫かな」
「分からん」
大野は正直に答えた。
中学生の娘が、居間から顔を出した。
「お父さん、学校で昭和の日本について調べることになった」
「そうか」
「向こうの日本って、戦争してるんでしょう」
「ああ」
「こっちの日本も戦争になるの?」
大野は、すぐには答えられなかった。
「ならないように、偉い人たちが話し合ってる」
「それなら大丈夫?」
娘は真剣な顔をしていた。
大野は、少し考えた。
「大丈夫だといいな」
娘は、それ以上尋ねなかった。
夕食後、大野はテレビをつけた。
画面には、京都で行われている外交協議のニュースが映っていた。未来日本、昭和日本、中国の代表団が、停戦と経済協力について話し合っているという。
大野は、画面を見ながら考えた。
戦争をしないことは大切だ。
しかし、戦争をしなくても、燃料がなくなれば生活は苦しくなる。
政治家たちは、そのことをどこまで分かっているのだろう。
翌朝、大野は会社へ向かった。
仕事があるかどうかは分からなかった。それでも、家にいるよりはよかった。




