↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
118/166

二 上海の密告者


 三月五日、上海。


 ハンス・ヴェーバーは、共同租界の一角にある古い洋館へ入った。建物はスイスの商務関係者エミール・シュタイナーが借りているもので、表向きは貿易会社の事務所だった。

ヴェーバーは、二週間近くホテルへ戻っていなかった。

ドイツ側からの帰国命令を無視している以上、いつ身柄を拘束されても不思議ではない。上海には日本の憲兵も、ドイツの情報関係者もいる。彼らが協力することもあれば、互いに監視し合うこともあった。

シュタイナーは、書斎で待っていた。

「東京から返事が来ました」

ヴェーバーは外套を脱ぐ手を止めた。

「何と」

「あなたとの接触に応じるそうです」

ヴェーバーは、ゆっくり息を吐いた。

「条件は」

「身元の確認と、所持している資料の検証です。それから、身柄の安全については保証できないと」

「正直な返事だ」

シュタイナーは机の上の封筒を差し出した。

「未来日本側は、あなたを上海から移動させたいと考えています」

「どこへ」

「京都です」

ヴェーバーは顔を上げた。

「京都?」

「未来日本と昭和日本の外交協議が行われている都市です。中国側の代表団も滞在しています」

ヴェーバーは、しばらく考えた。

京都。

彼が未来日本の資料で読んだ限り、その都市は史実の第二次世界大戦で大規模な空襲を免れていた。今は二つの日本と中国の外交官たちが集まる場所になっている。

「ドイツ政府は、私が京都へ向かうことを知っているのか」

「まだです」

「いずれ知るだろう」

「おそらく」

シュタイナーは、声を落とした。

「一つ、確認したいことがあります」

「何だ」

「あなたが持っている電子機器は、本当に上海で殺された日本人のものですか」

ヴェーバーは、黙った。

昨年十二月、未来日本の通信関係者、佐伯和彦が上海のホテルで殺害された。彼は未来の歴史資料を外国の情報関係者へ売ろうとしていた。

その後、佐伯が所持していた記憶媒体が行方不明になった。

ヴェーバーの手元にある機器は、その事件と無関係ではなかった。

「私は、佐伯を殺していない」

ヴェーバーは言った。

「それは聞いています」

「彼が死んだあと、仲介人から機器を買った」

「誰からですか」

「名前は知らない」

シュタイナーは、厳しい顔をした。

「それでは、東京の人間は納得しないでしょう」

「分かっている」

ヴェーバーは、鞄から電子機器を取り出した。

「だから、すべて話すつもりだ」

シュタイナーは、機器を見つめた。

「この中には、どれほどの情報があるのですか」

「私にも、すべては分からない」

「それほど大量に?」

「そうだ」

ヴェーバーは、画面を点灯させた。

未来の歴史、地図、産業資料、科学技術に関する解説。画面には、昭和十七年の人間がまだ知らない世界が広がっていた。

「しかし、一つだけ確かなことがある」

「何です」

「この機械を欲しがる人間は、私が考えていたよりもずっと多い」

その夜、洋館の向かい側に一台の黒い自動車が停まった。

車内には二人の男がいた。

一人はドイツ人。もう一人は日本人だった。

ドイツ人が煙草に火をつけた。

「まだ中にいるのか」

日本人が頷いた。

「はい」

「逃がすな」

自動車の窓が閉められた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。