十三 夜明け前の東京
三月一日、未来日本・東京。
首相官邸で、榊原直人は上海からの電報を読んでいた。時刻は午前二時を過ぎていた。執務室には、黒田統合幕僚長と外務大臣が同席していた。
榊原は電報を机の上に置いた。
「ドイツの情報関係者が、接触を求めている」
外務大臣が頷いた。
「はい」
「亡命を希望しているのですか」
「まだ、そこまでは確認できていません」
黒田が口を開いた。
「罠の可能性もあります」
榊原は頷いた。
「当然、考慮すべきです」
黒田は続けた。
「相手が本当に未来の軍事情報を持っているなら、各国の情報機関が関心を示すでしょう」
「米国も?」
「はい」
榊原は、しばらく考えた。
「接触は認めます」
外務大臣が顔を上げた。
「総理」
「ただし、慎重に進めてください。相手の身元を確認し、情報の真偽を検証する。それまでは、政府として公式な立場を示しません」
黒田が頷いた。
「承知しました」
榊原は窓の外を見た。
東京の夜は静かだった。しかし、その静けさの向こうでは、世界が動いている。
ドイツは、未来の敗北を知ろうとしている。昭和日本の一部軍人は、未来の兵器を作ろうとしている。中国では、停戦がようやく始まりかけている。米国は、太平洋戦争が起きなかった世界で、新たな外交方針を模索している。そして、未来日本自身も、燃料と食糧の不足に苦しんでいる。
榊原は机の上の資料を見た。
そこには、八咫烏計画に関する報告書が置かれていた。
研究の一時停止命令。関東軍内部の反発。資料の移送。そして、所在不明となった一部の研究者。
榊原は、静かに言った。
「統幕長」
「はい」
「昭和日本政府へ、改めて警告してください」
「内容は」
「八咫烏計画が継続している可能性があることです」
黒田は頷いた。
「承知しました」
榊原は続けた。
「ただし、我々が直接介入することは避けます」
黒田が顔を上げた。
「総理」
「昭和日本は、独立した国家です。我々が勝手に軍隊を送り込めば、別の戦争が始まる」
黒田は、少し考えた。
「その通りです」
榊原は椅子に深く腰を下ろした。
机の上には、父の写真が置かれていた。以前より、顔が薄くなっている。しかし、榊原はその写真を見なかった。
今は、目の前の問題に向き合わなければならない。未来日本の首相として。そして、一人の人間として。
榊原は、静かに息を吐いた。
「未来を知っているだけでは、何も守れませんね」
黒田は答えなかった。外務大臣も黙っていた。
窓の外では、東京の空が少しずつ明るくなり始めていた。
昭和十七年三月一日。京都停戦予備協定の成立から、一か月余り。日中戦争は、まだ終わっていない。欧州では、ドイツとソ連の戦争が続いている。そして、満洲の雪原では、八咫烏計画が密かに動き続けていた。
未来の知識は、人類に平和をもたらすのか。それとも、史実よりも早く破滅を招くのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
未来日本の出現によって、世界はすでに元の歴史から大きく離れ始めていた。
そして、その変化を止めることは、もう誰にもできなかった。
書いてて思ったんですが今の感じだととんでもない長編になりそうです・・・




