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昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


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七 上海の裏切り


 二月十四日、上海。


 ヴェーバーは、ドイツ政府から二度目の帰国命令を受け取っていた。未来日本の資料を持参し、ベルリンで直接報告せよという内容だった。

しかし、彼は帰国を決められずにいた。

未来日本の歴史を読めば読むほど、ドイツの将来が恐ろしくなった。

総統は、敗北の原因を知れば戦争をやめるだろうか。それとも、敗北を避けるためにさらに戦争を拡大するだろうか。

ヴェーバーは、机の上の電子機器を見た。

そこには、未来のドイツに関する記録が保存されていた。ベルリンの壁、東西ドイツの分断、再統一、現代のドイツ。

ドイツは、敗北したあとも存在している。都市は再建され、人々は生活を続けた。

ヴェーバーは、静かに息を吐いた。

国家を守ることと、現在の政府を守ることは同じではない。

その考えは、彼にとって危険だった。

その夜、ヴェーバーはスイスの商務関係者、エミール・シュタイナーと会った。

シュタイナーは四十代後半の男で、上海では貿易会社の顧問として知られていた。しかし、実際には複数の外交機関と接触を持っていた。

「あなたが、未来日本の資料を持っているというのは本当ですか」

シュタイナーが尋ねた。

ヴェーバーは、鞄から電子機器を取り出した。

「これです」

シュタイナーは、機器を見た。

「驚きました」

「私も、最初はそうでした」

ヴェーバーは電源を入れた。画面が明るくなった。

「中には、何が」

「歴史です」

ヴェーバーは画面を操作した。そこには、第二次世界大戦の記録が表示された。

シュタイナーは、しばらく読み進めた。そして顔を上げた。

「ドイツが敗北する」

「そのようです」

「あなたは、この情報をベルリンへ持ち帰るのですか」

「命令では、そうなっています」

「では、なぜ私に見せるのです」

ヴェーバーは、静かに答えた。

「この情報が、戦争をさらに大きくすることを恐れているからです」

シュタイナーは、ヴェーバーを見た。

「あなたは、ドイツの情報関係者でしょう」

「そうです」

「国家への忠誠は」

ヴェーバーは、少し笑った。

「国家と政府は、同じではありません」

シュタイナーは黙った。

「私は、ドイツが滅びることを望んでいません。しかし、総統のためにドイツが滅びることも望んでいません」

シュタイナーは、しばらく考えた。

「あなたは、何を求めているのですか」

「未来日本の政府と、直接話がしたい」

「亡命ですか」

「まだ決めていません」

「では、何を」

ヴェーバーは、静かに答えた。

「警告です」

シュタイナーは、顔を上げた。

「何について」

「ドイツが未来の情報を利用して、戦争を変えようとしていることについてです」

ヴェーバーは続けた。

「そして、満洲でも同じことが起きている」

シュタイナーの表情が変わった。

「満洲?」

「日本軍の一部が、原子力兵器の研究を始めています」

シュタイナーは、しばらくヴェーバーを見つめていた。

「確かな情報ですか」

「完全ではありません。しかし、複数の経路から同じ話を聞いています」

シュタイナーは、椅子に深く腰を下ろした。

未来日本、ドイツ、満洲、原子力兵器。その言葉が、一つの線でつながり始めていた。

「未来日本へ連絡してみましょう」

ヴェーバーは、深く息を吐いた。

「お願いします」

その夜、上海から一本の暗号電報が発信された。宛先は、未来日本の外交当局だった。

内容は短かった。

「ドイツ情報関係者一名、未来日本政府との接触を希望。未来軍事技術の流出及び満洲における秘密研究について重要情報を所持」

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