五 東京の不安
二月八日、未来日本・東京。
首相官邸では、国家安全保障会議が開かれていた。榊原直人は、ドイツ政府からの技術協力要請について報告を受けていた。
「ドイツ側は、未来日本との正式な技術協議を求めています」
外務大臣が説明した。
「対象には、航空、通信、工業生産、医療、原子力などが含まれています」
榊原は、資料を閉じた。
「核兵器に関する情報は提供しません」
黒田統合幕僚長が頷いた。
「当然の判断です」
しかし、外務大臣は慎重だった。
「総理。原子力研究そのものを全面的に拒否することは、外交上の問題を生む可能性があります」
「どういう意味ですか」
「ドイツだけでなく、昭和日本も、我々が技術を独占していると考えるかもしれません」
榊原は、しばらく考えた。
未来日本は、昭和十七年の世界において圧倒的な技術力を持っている。しかし、国家としての基盤は決して安定していなかった。石油、天然ガス、食糧、医薬品の原料、工業用の鉱物。現代日本が海外から輸入していたものの多くが、突然手に入らなくなっている。
昭和日本との交易は、未来日本にとって重要だった。
その昭和日本が、未来の軍事技術を求めている。
拒否すれば関係が悪化するかもしれない。提供すれば、世界の軍事均衡が崩れる。
榊原は黒田を見た。
「統幕長。未来の技術を昭和日本へ渡した場合、どれほどの影響がありますか」
「分野によります」
「例えば、航空技術は」
「短期間で現代の戦闘機を製造することは不可能です。材料、電子機器、加工技術、整備設備など、必要なものが多すぎます」
「しかし、研究の方向性は変わる」
「はい。それが問題です」
榊原は頷いた。
「原子力については」
「核兵器の実用化には、巨大な産業基盤が必要です。知識だけでは製造できません」
「それでも、研究を早めることはできる」
「可能性はあります」
榊原は、窓の外を見た。
東京の街には、冬の陽光が差し込んでいた。遠くのビル群は以前と変わらないように見える。しかし、街の中では節電が続き、工場の一部は操業を縮小している。
未来日本は、過去へ来た。
しかし、過去の人々が未来の技術を求めることまで止める権利があるのだろうか。
榊原は、静かに言った。
「平和利用に関する協力は、検討しましょう」
外務大臣が顔を上げた。
「総理」
「ただし、軍事利用につながる情報の提供は厳しく制限します」
黒田が頷いた。
「必要な管理体制を整えます」
榊原は、別の資料を手に取った。
「それから、昭和日本政府へ正式に伝えてください」
「何をでしょう」
「関東軍の研究計画について、説明を求めます」
外務大臣は、少し驚いた顔をした。
「すでに情報を?」
「断片的ですが」
榊原は、低い声で続けた。
「八咫烏計画という名前を聞いています」
会議室が静かになった。




