↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和十六年の日本国  作者: 秋雲 榛名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/166

四 宮沢教授の忠告


二月六日、新京。

片岡信彦は、満洲で物理学を研究している宮沢敬一教授を訪ねた。宮沢は五十二歳。大学で教鞭を執るかたわら、放射線に関する研究を続けていた。

研究室には古い書籍が積み上げられ、机の上には実験記録が広げられていた。窓際には小さな鉢植えが置かれていたが、冬の寒さで葉が黄色くなっていた。

「片岡君、久しぶりだな」

「ご無沙汰しております」

「軍服を着てくると、昔の学生とは別人のようだ」

宮沢は笑った。

片岡は、鞄から資料を取り出した。

「先生に、ご相談したいことがあります」

宮沢は資料を受け取り、しばらく読んだ。

「これは、未来日本のものか」

「はい」

「なるほど」

宮沢は、椅子に腰を下ろした。

「驚くべき内容だ」

片岡は、少し安心した。

「先生にも、ご協力いただければ」

「何に協力するのだ」

「原子核研究です」

「兵器のためか」

片岡は、答えに詰まった。

宮沢は、資料を机に置いた。

「君の顔を見れば分かる」

「先生」

「原子核の研究には、大きな可能性がある。医学にも、工業にも、将来の発電にも役立つだろう。しかし、君たちが求めているのは都市を破壊する兵器だ」

片岡は、黙っていた。

「私は協力できん」

「帝国の安全保障に関わる研究です」

「安全保障か」

宮沢は、少し疲れたように笑った。

「便利な言葉だな」

片岡は顔を上げた。

「君たちは、強い兵器を持てば安全になると言う。しかし、相手も同じことを考えたらどうなる」

「軍備競争になります」

「そうだ。そして、いつか誰かが使う」

宮沢は、窓の外を見た。

「未来日本の歴史では、核兵器が実際に使われたのだろう」

「はい」

「それを知っていながら、また作ろうというのか」

片岡は、しばらく考えた。

「先生。私にも、分からなくなってきました」

宮沢は、片岡を見た。

「何がだ」

「研究を続けることが、正しいのかどうかです」

宮沢は、静かに頷いた。

「それなら、まだ間に合う」

「何にでしょう」

「考えることにだ」

片岡は、資料を鞄へ戻した。

帰り際、宮沢が声をかけた。

「片岡君」

「はい」

「未来日本の人々に、聞いてみるといい」

「何をですか」

「彼らが、過去の我々に何を教えたいと思っているのかを」

片岡は、頭を下げた。

研究室を出ると、廊下には冷たい空気が流れていた。片岡は外套の襟を立て、雪の積もった道を歩いた。

未来の科学を知ることは、未来の幸福を知ることではない。

そのことを、彼は初めてはっきりと理解した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。