十六 歴史の分かれ道
一月三十一日。
京都停戦予備協定の成立から三日が経った。
中国大陸では、一部の地域で戦闘が減少し始めていた。
しかし、停戦命令が徹底されていない地域も多かった。
日本軍の一部は、撤退の準備を進めている。
中国軍の一部も、攻勢を控え始めている。
しかし、互いへの不信感は根強かった。
その日、真壁宗一郎は帝都の参謀本部で報告書を読んでいた。
停戦に応じた部隊。
命令を保留している部隊。
独断で行動している部隊。
それぞれの状況が、細かく記されていた。
真壁は、資料を閉じた。
和平は、文書に署名しただけでは実現しない。
現地で銃を持つ兵士が、実際に撃つのをやめて初めて意味を持つ。
そのためには、命令が必要だった。
そして、命令を守らせる仕組みも必要だった。
真壁は、机の上の地図を見た。
中国大陸。
広大な土地。
そこには、数え切れないほどの人々が暮らしている。
日本軍の兵士。
中国軍の兵士。
農民。
商人。
子供たち。
その誰もが、戦争の影響を受けていた。
真壁は、静かに呟いた。
「まだ、始まったばかりだな」
そのとき、部下が入室した。
「大佐殿」
「何だ」
「ドイツ大使館から、外務省を通じて新たな連絡がありました」
真壁は顔を上げた。
「内容は」
「ドイツ政府が、未来日本との正式な技術協議を強く求めております」
「またか」
「はい」
部下は、少し間を置いた。
「それから、もう一つ」
真壁は、部下を見た。
「何だ」
「ドイツ側は、未来の欧州戦争に関する情報を入手した可能性があります」
真壁の表情が変わった。
「確かなのか」
「まだ確認中であります」
真壁は、しばらく黙っていた。
未来の歴史。
ドイツの敗北。
ヒトラー。
そして、欧州戦争。
もしドイツが未来の情報を手に入れたなら、戦争の行方は大きく変わるかもしれない。
真壁は、机の上の地図を見た。
中国での戦争を終わらせようとしている間に、欧州では別の戦争が続いている。
そして、その戦争にも未来日本の影響が及び始めていた。
真壁は、静かに言った。
「東條閣下へ報告する」
「はっ」
部下は敬礼し、部屋を出ていった。
真壁は、椅子に深く腰を下ろした。
未来日本の出現によって、太平洋戦争は回避された。
中国との和平も、わずかながら前進した。
しかし、世界が平和になったわけではない。
むしろ、未来の情報を手に入れた国家が、それを利用して新たな戦争を始める可能性すらある。
真壁は、窓の外を見た。
帝都の空は、冬らしく澄んでいた。
その空の向こうには、未来日本がある。
そして、さらに遠くには、ドイツ、ソ連、英国、米国がある。
世界は、まだ戦争の中にあった。
真壁は、机の上の京都停戦予備協定の写しを手に取った。
薄い紙だった。
しかし、その紙には、多くの人々の命がかかっていた。
真壁は、しばらく文書を見つめた。
そして、静かに呟いた。
「守らねばならんな」
その言葉は、誰にも聞こえなかった。
昭和十七年一月三十一日。
京都停戦予備協定は成立した。
しかし、その協定が本当の平和につながるかどうかは、まだ誰にも分からなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
未来日本が知っていた歴史は、すでに大きく変わり始めている。
そして、その変化は、やがて欧州へも及ぶことになる。
ドイツ。
ヒトラー。
そして、未来の兵器。
新たな危機は、すでに動き始めていた。




