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父の謝罪が強すぎる

入学初日早々にクラスメイトのエステリオともめてしまったハルカ。

寮に突然やってきた御者のバーチスを前にハルカは事の重大さに気づく……

 部屋へやってきたバーチスの表情は、俺が今まで見たことがないほどに悲痛で暗かった。

 愛娘のメイプルが「パパ!?わあい!パパが遊びにきました!」と両手をあげて喜んでも無反応。

 メイプルも両手をあげた姿勢のまま戸惑って動けなくなっていた。

「ハルカお嬢様。お迎えにあがりました。ご主人様がお待ちです」

 バーチスは抑揚のない声で俺にこう伝えるとメイプルの方を向いた。

「メイプル。お留守番を頼めるかな?」

「は、はい」

 メイプルも異様な雰囲気を感じ取ったのかこくりと頷く。

 俺は間違ったことはしていない。そう思っていても冷たい汗が全身から噴き出していた。


 馬車の中で父は何かを思案するように目をつぶっていた。

「お、お父様……」

 俺は恐る恐る父へと声をかけた。

「勘弁してくれ……」

 父は盛大に頭を抱えてうなだれた。

「私は外交は苦手なんだ……」

 そう愚痴ってしばらく身動き一つ取らなかった父だったが、やがてゆっくりと頭を上げた。

「ハルカ、今からフェルアイゼン卿の元へ謝罪へ行くよ」

 こういう時はいっそ大声で怒鳴られて叩かれた方がまだすっきりする。

 退学ではなくて安心した一方、正直言うと父を連れて謝罪に行くことには抵抗があった。

「で、でも!エステリオがルビアの髪の毛を引っ張って!」

「ハルカ」

 父は優しく諭すように口を開いた。

「事情はすでに手紙で知っているよ。フェルアイゼン嬢がクラスメイトの髪の毛を引っ張った。それを止めるために手をあげた。お父様の聞いた話は事実かな?」

 俺は不満げに口をとがらせる。

「エステリオの奴が先にわたくしの足をふんづけました」

 俺の言葉に少し驚いた顔をする父をみて、はっとして口元をおさえた。

「エステリオさんが先にわたくしの足をふんづけたのです」

 父はなぜか少し嬉しそうに笑ったあと、また真剣な顔になる。

「なるほど先に手を出したのはフェルアイゼン嬢だったのだね」

 そして「そうか」と小さく呟いた後にまた頭を抱えてうなだれてしまった。

「お父様……」

 相当な大事なのだろうと察した俺は不安に胸が押しつぶされそうになる。

 考えてみると、先生はルビアだけでなくエステリオにも様づけをしていたな。

 もしかすると、エステリオの家もとんでもない名家なのかもしれない。

 ……名門貴族に対する不敬罪は即打ち首。そんな文化があったとしてもおかしくない。

 俺はこの世界に対してあまりにも無知だ。

 自分の軽率な行動に自分で腹が立つ。だが今はその怒りよりも心配のほうがよっぽど大きい。

「ハルカ、そんな顔はしなくて大丈夫」

 俺はそこで初めて自分がはらはらと涙を流していたことに気がついた。

 本当にこの身体は……正直だな。

「たしかに、貴族同士の問題は色々としがらみがあって難しい。はっきり言ってお父様も得意ではないよ」

 父はそう言いながら俺の頭の上に大きな手を置いた。

「それでもお父様が上手くやる。だから安心してくれ」

 父は脂汗を額に浮かべたまま、それでも優しく俺に微笑んだ。

 俺は父の強さに申し訳なさを覚えながらこくんと頷いた。


 フェルアイゼン家は王都内にあるため、父と会話を終えて間もなく屋敷の門の前に到着した。

 5メートルはありそうな高い鉄の門は固く閉ざされており、バーチスが守衛に声をかけても相手にもされていないようであった。

 父が馬車を降りて守衛と何度か言葉を交わすと、守衛はやれやれといった様子で守衛用の小部屋らしき場所へ引っ込んだ。やがて、外で待っている父に訝し気な視線をちらりと向けた後、門の奥へ合図を送るとしばらくして門が開かれた。

 端が見えないほど広い庭園。圧迫感すら感じる石造りの城。ピカピカした鎧に身を包み瞬きすらしてないのではないかと思うほどきちっとした姿勢を崩さない警備兵。

 自分が殴った相手の「格」の違いを嫌でも実感させられてしまう。

 馬車が止まるとバーチスが馬車の扉を開く。

 フェルアイゼン家の屋敷の前に到着したのだ。

 馬車を降りた先には既に数人の使用人が待機しており、俺と父は大理石にふかふかの絨毯が敷かれた廊下の先にある客間へと案内された。

 客間のソファーは全身が沈んで飲み込まれてしまいそうなほど柔らかく、こんな状況でなければさぞリラックスできたことだろう。

 しばらくするとフェルアイゼン卿、エステリオの父親と頭にたんこぶを作ったエステリオが現れた。

 俺と父は慌てて立ち上がる。

「ブルーメケープ卿、お噂は兼ねがね耳にしております。お会いできて光栄です」

 父よりも一回りほど年上なのだろう。フェルアイゼン卿の顔には苦労の数々が刻まれており、エステリオと同じ濃い金髪はほとんどが白髪だ。

 そして筋骨隆々で着ているスーツは筋肉でパツパツ。間違いなく強い男だ。

「こちらから謝罪へ伺うつもりでしたのに。あまりにもお早い訪問に感服いたしました」

 穏やかな笑顔を浮かべるフェルアイゼン卿。

 思ったよりも怒っていない?胸のうちが読めない笑顔ではあったが、その物腰に俺は少しだけ安心した。

 そう思った時だ。隣で立っていたはずの父が小さくなった。

「え?」

 俺は思わず驚いて声をもらす。

 父は挨拶よりも先に土下座をしていた。

 ゴッと絨毯越しの大理石の硬さを感じる鈍いくぐもった音が聞こえた。

「フェルアイゼン卿!この度は娘が大変申し訳ございませんでした!わたくしはどうなっても構いません!なにとぞ家族と領民にはご慈悲を!」

 さすがにフェルアイゼン卿も驚いたのだろう、エステリオと一緒に目を真ん丸にして父をみつめて呆然としていた。

 少なくとも俺は驚いた。初手から強すぎる。

 はっと我に返ったフェルアイゼン卿が大慌てで父に声をかけた。

「ブ、ブルーメケープ卿!落ち着いてくだされ!」

「何卒!何卒ご慈悲を!」

 父は額を地面にこすりつけ声を張り上げる。

 土下座をして命乞いが必要なほど大事だったのか……?

 俺は自分が起こした事件の大きさに全身が冷たくなっていくのを感じた。

「お、お父様は処刑なのですか?」

 幼い身体が不安に耐えきれずボロボロと大粒の涙をこぼしているのを自覚しながら、気づくと俺はフェルアイゼン卿のズボンにしがみついていた。

「悪いのはわたくしです!お願いします!お父様を処刑しないでくださいまし!」

「落ち着きなさい!ブルーメケープ嬢!そんなことはありませんぞ!」

 フェルアイゼン卿はしゃがんで俺に視線を合わせると、大きな手で俺の肩をぽんぽんと叩き、落ち着かせようとしてくれた。

「ブルーメケープ卿!ご息女が不安のあまり泣いてしまっているではないですか!」

 そしてフェルアイゼン卿は父の両肩を掴むと半ば力づくで立ち上がらせた。

「お、お許しいただけるのですか?」

 父が安心した声で尋ねる。

「そもそも私は怒ってなどおりませぬ」

 フェルアイゼン卿の声色には明らかに呆れが混ざっていた。

「むしろ私のほうから謝罪に行かねばと準備をしていたくらいですぞ。聞いた話ではうちのエスティが先に手を、いや足でしたな」

 卿は冗談を言ってどうにか場を和ませようとする。

「先に手を出した者が謝るのが筋というものです。家柄の大小などより通すべき筋がある。違いますかな?それに子供のケンカに親が首をつっこむのも野暮というもの」

 そう言ってフェルアイゼン卿はむくれた顔をしたエステリオの方へと視線を向けた。

「お心遣い痛み入ります!」

 父が再び土下座をする。

「お、お父様……?」

 流石の俺もフェルアイゼン卿の態度から父の謝罪は度が過ぎていることを察し始めていた。

「ブルーメケープ卿!だから落ち着いてくださりませぬか!?」

 再びフェルアイゼン卿が父の肩を掴んで立たせた。

「本当に、本当にありがとうございます!心ばかりですが領地で取れた野菜と果物を使用人に土産として持たせております。どうかお納めください」

「ええ、ええ、もちろんです」

 フェルアイゼン卿がすっかり困り果てているのが伝わってきた。

「エスティ」

 フェルアイゼン卿がエステリオの方を向く。するとエステリオがむすっとした表情のままずいと一歩前へと出た。

「ハルカ・ブルーメケープ。弱者に手をあげるなんて騎士として恥ずべき行為だったわ」

 ごちんとすごい音を立ててフェルアイゼン卿の拳がエステリオの頭上に落ちた。

「エスティ。ごめんなさいは」

「ごめんなさい」

 むすっとしたままフェルアイゼン卿にあやまるエステリオ。

 すぐさまフェルアイゼン卿の拳がふりおろされる。ごちん。

「謝る相手は私ではないでしょう」

 エステリオは目に涙を湛えながらも言い返すようなことはせず、相変わらずむすっとした表情のままこちらを睨んだ。

「ハルカ・ブルーメケープ。足踏んでわるかったわね」

「え、ええ。それよりげんこつされたところはだいじょうぶなのかしら?」

 あまりにもいい音だったのでこちらが驚いてしまう。

「ふんっアタシは強いから父上のゲンコツなんて痛くもなんともないわ!」

 とてもそうは見えなかったが、おそらくこいつはこうやって日々鍛えられてきたのだろう。

「エスティ。明日からブルーメケープ嬢と仲良くするんだよ」

「……」

 それには答えずすたすたと部屋を去るエステリオ。

 フェルアイゼン卿は去っていく娘を見送りながら小さくため息をついた。

「ブルーメケープ嬢すまないね。娘も初めての環境に緊張しているようなんだ。どうか娘の非礼を許してほしい」

 そう言って頭を深々と下げるフェルアイゼン卿に驚いて、俺は何も言えず首をぷるぷると振った。

「ありがとう。寛大な心、痛み入るよ」

 コンコンとドアがノックされる。

「入りなさい」

「お客様にお菓子と紅茶をお持ちしました」

 部屋に入ってきた狼の獣人のメイドが俺の近くの椅子に手を向けて座るよう促してくれた。

 座ってごちそうになっていいものかわからず父を見上げる。

「ブルーメケープ嬢、どうぞおくつろぎください。あなたは客人なのですから」

 フェルアイゼン卿ににこやかに言われて、俺は恐る恐る椅子に座った。

「ご主人様、お嬢様はさっそくお友達ができたのですね」

 言いながらメイドは俺を見てにこりと微笑む。

「エステリオ様は不器用な子だけど悪い子ではないの。どうか仲良くしてあげてね」

 とても「はい」とは言えず呆然としてしまう。

 俺が固まっているとフェルアイゼン卿は「さて」と前置きして父の方へと顔を向けた。

「ブルーメケープ卿。少しだけ二人きりでお話をしたいのですがよろしいかな」

「は、はい」

 緊張した面持ちで、打ち付けた額を真っ赤にした父がフェルアイゼン卿の後をついていく。

 二人が部屋を出て静かに扉が閉められたあと、俺は思わず紅茶を持って来たメイドに聞いてしまった。

「あの……処刑では……ないですよね?」

 メイドが思わず吹き出して首を横に振った。

「さあ、お菓子と紅茶を召し上がってください。あなたのために用意したものですから、召し上がっていただければシェフも喜びます」


 フェルアイゼン卿は応接室のソファに腰かけるとブルーメケープ卿にも向かいに座るように促した。

 ブルーメケープ卿は未だ緊張した面持ちで、常に何かに怯えているように見えた。

「緊張をほぐすためにも一杯いかがかな?」

 フェルアイゼン卿は立ち上がると背後に飾ってあるワインのうち一本を取り出し、伏せてあったワイングラスの足を二つ指の間に挟む。

「い、いえそんなお構いなく」

 ブルーメケープ卿は恐縮し、緊張気味にそれを断るが、フェルアイゼン卿はてきぱきとワインの封を開けるとグラスになみなみとワインを注いでいった。

「私が飲みたいのです。お口に合うとよいのですが」

 ブルーメケープ卿は目の前に置かれたグラスにおずおずと手を伸ばし、そっと口をつけた。

 彼は一口含んで複雑で奥深い味に驚いた。そして、それを飲み込むと爽やかな香りが鼻を抜けた。疑うまでもなくとんでもなく高いワインだろう。

「こんな上等なワイン、初めて飲みました」

「お口にあって何よりです。ブルーメケープ領産のブドウで造られたワインですぞ」

「なんと」

 ブルーメケープ卿は驚くと、物珍しそうにワイングラスの中の液体を眺めた。

 その様子を嬉しそうに眺めながらフェルアイゼン卿も一口ワインを飲む。

 そして、口を開いた。

「正直に申し上げましょう」

 フェルアイゼン卿がワイングラスを握ったまま口を開いた。

「私はハルカ嬢に感謝しているのです」

「感謝?」

 ブルーメケープ卿が目をぱちくりとさせる。

「うちのバカ娘が髪の毛を引っ張った相手はオルの者。あの赤のオルです」

「オル!?なぜそのようなお方がいるのですか!?」

 今度はフェルアイゼン卿が驚く番だった。

 彼はセレシア王立学園にオル・アウレリオアルジェンティア家の娘が入学するという大事件を知らない貴族がいるとは夢にも思っていなかった。

「ブルーメケープ卿、失礼を承知で人生の先輩として一つアドバイスをさせて頂きたい。もう少し社交界に興味を持ってはいかがだろうか?」

「そうしたいのは山々なのですがブルーメケープ領は農村故に日々が忙しく……それに王都からも離れております故、なかなか社交界に顔をだす時間がないのですよ」

 ブルーメケープ卿が申し訳なさそうにすると、フェルアイゼン卿は仕方がないと言った顔でワインをあおると苦笑いを浮かべた。

「お忙しいというのにわざわざ時間をとらせてしまい申し訳ない」

 ブルーメケープ卿は慌てて首を振った。

「とんでもございません!その……お恥ずかしながらハルカがフェルアイゼン家のご息女に手をあげたと手紙で見て頭が真っ白になりまして……」

 バツが悪そうに頭の後ろをかきながらブルーメケープ卿はつづけた。

「一刻も早く謝罪せねばとお詫びの作物を荷台に積んで飛び出してしまったのです」

 ブルーメケープ卿は言いながら残りのワインを飲みほすと、ぽつぽつと続ける。

「ハルカは元気な子ではありましたが、誰にでも優しく、我慢強く、子供とは思えないほどに落ち着いた子でした」

 フェルアイゼン卿はブルーメケープ卿の言葉に耳を傾けながら彼の空になったグラスにワインを注いだ。

「そんな子が理由はあれど誰かに暴力をふるうだなんて、とても信じられなくて……」

 そしてはははと弱々しく笑った。

「結局、私は娘が心配で一刻も早く顔をみたかっただけだったのでしょうね」

 そんな様子を見たフェルアイゼン卿はゆっくりと何度も頷いた。

「卿、わかりますぞ。父親というのはどうやらそういう生き物のようなのです」

 そう言ってフェルアイゼン卿は自身のワイングラスに視線を落とした。

「そしてどうやら子はそんな親を驚かせる生き物のようですぞ」

 そしてやれやれと言った様子で肩をすくめてみせた。

「女児は大人しいとパパ友に聞いていたというのに、うちのはねっかえり娘ときたら……暴れん坊の兄達も初日で問題は起こさなかったですぞ」

 呆れたように言いながらもはははと楽しげに笑う。ブルーメケープ卿も合わせて苦笑いをするしかなかった。

「ま、うちのエステリオは今回の件で少しは反省して大人しくしてくれるとよいのですが」

 そう言うと笑っていたフェルアイゼン卿の表情がすっと引き締まった。

「ブルーメケープ嬢が殴ってでも止めていなかったら今頃私も娘も断頭台の上にいたかもしれないのですよ。その危機を救ってくれた。本当に感謝しております」

「し、しかし」

 戸惑うブルーメケープ卿に対してフェルアイゼン卿は落ち着いた様子で言葉を続けた。

「土下座するべきは私の方です。改めて礼を言わせていただきたい」

 綺麗に90度に腰を曲げて頭を下げるフェルアイゼン卿にどう答えるべきかわからずブルーメケープ卿はきょろきょろとしてしまった。

「ま、今回の件でオルの者の誰かがへそを曲げたらいつでも一族郎党断頭台に送られる可能性は残ったままですがな。はっはっはっ!」

「笑い事ではありませんよ!?」

 ちょっとした話といいながら、その後すっかり娘や家族の話で盛り上がってしまった二人が客間に戻るとすっかりむくれてしまったハルカが待っていた。


「さて、困ったな」

 フェルアイゼン卿はブルーメケープ卿が置いていった荷車を前に苦笑いを浮かべる。

 荷車にはおいしそうな旬の果物と野菜がこれでもかと詰め込まれていた。

「この量の果物と野菜は我が家でもさすがに食べきれないんじゃないか?」

 誠意のこもりすぎた荷車一杯の野菜と果物を前に、先ほど共にグラスを傾けた男の顔を思い出してふふっと笑った。

 そして大きなため息をついた。

少し遅れた学園生活が始まったハルカ

神殿で神官を前に明かされるチート能力!?

ついに本格異世界チートファンタジーが始まるのか!?

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