天生者とチート能力
やっと学園生活が始まったハルカ。
ハルカの明かされたチート能力はメイプル!?
ハルカの学園生活はいたって普通に思えたが……
俺達は厳かな神殿に集められていた。
銀の燭台には美しい金の装飾が施されており、揺らめく炎の光で赤く輝く。
神殿に集められた貴族令嬢たちはみな、神聖な印象を見る者に与える真っ白な薄手のワンピースを着ていた。
神殿の中心には聖水が満たされた小池が用意されており、そこに一人の少女がひざまずいている。
その少女の前には神殿に負けないほど派手で豪奢な装飾のある白いローブを着た、難しい顔をした神官の男。
「ステータスオープン!」
神官が叫ぶ。
「コーデリア・ラヴェイユセイガ!ランクA!爆破魔法!」
そして声高に少女の名前とスキルを告げた。
「やったわ!」
少女が喜ぶと同時に背後で派手な爆発が起こり、神殿の壁や天井が吹き飛んでいく。すごいな爆破魔法。
「次!ハルカ・ブルーメケープ!」
「はい!」
どうやらついに俺の番のようだ。とんでもないチート能力なのか、追放されるようなゴミ能力なのか、なんだかドキドキしてきた。
「ステータスオープン!」
神官が叫ぶ。
「ハルカ・ブルーメケープ!ランクM!メイプル!」
「メイプル?」
俺は首をかしげた。
「お嬢様すごいです!チート能力メイプルは全てをメイプルにします!」
意味が分からず俺は目の前の神官、いや、メイプルを見つめて絶句する。
「メイプルは嬉しいです!お嬢様のスキルでこの世界をメイプルにしてしまいましょう!」
メイプルが言う。
「お嬢様ならできます!メイプルは信じてます!」
背後からメイプルの声がする。振り向くと先ほどまでいた貴族令嬢たちが皆メイプルになっていた。
「みてください!メイプルお日様になりました!」
爆破されて開いた神殿の天井から覗く青空には、さんさんとメイプルが輝いている。
まさか全てをメイプルにする力が俺のチート能力……!?
俺の考えを肯定するかのように、神官だったメイプル、クラスメイトだったメイプル、太陽だったメイプルたちが同時に口を開いた。
『さあ全てをメイプルにしましょう』
「うわあああああああ!?」
俺が叫びながら飛び起きると、さすがにメイプルも驚いたようで耳をぺったんこにして目を真ん丸にしていた。
「お、お嬢様?おはようございます」
ベッド脇に膝をついて俺を見守っていたメイプルが、尻尾の毛をぶわっと広げたまま朝の挨拶をする。
「どうしました?怖い夢でも見ましたか?ずっとメイプルの名前を呼んでいたので心配したんです!」
俺はうっすらと目に涙すら浮かべているメイプルのほっぺたを両手で挟んだ。ぷにっともちっとしっとりほっぺた。本物だ。
「お、お嬢様?」
「メイプル……ですわね?」
「メイプルはメイプルです」
「他のメイプルは?」
「メイプルは一人ですよ……?」
俺は深くため息をつくと、不思議そうな顔をしたメイプルの頬から手を離して、ベッドから降りた。
窓から部屋へと注ぐ朝日もメイプルではなかった。
初日からバタバタしてしまったが、二日遅れの学園生活が始まった。
しかし酷い夢だった。チート能力やら魔法やらとは無縁の異世界なことは薄々気づいていたが、どうやらチート能力に対する憧れは捨てきれなかったようだ。
教室へ入ると既に半分以上の生徒がおり、早くもちょっとしたグループのようなものができていた。
そして多くの生徒はちらちらと俺を物珍しそうに見る。
怖がられるだろうかと思ったがさすがはご令嬢。
「ハルカ・ブルーメケープさん。おはようございます」
礼儀正しく丁寧な朝の挨拶をかけてくれる子もいた。つられるようにグループの他の生徒もそれに続いて俺に挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
……すまない。俺はまだルビアとエステリオの野郎しか顔と名前が一致していないんだ。
挨拶をしながら心の中で謝罪をする。俺は強いが悲しいかな、記憶力はそこまで強くはない。
「それでねアメリアちゃん……」
挨拶を終えるとグループの生徒たちは世間話に戻る。呼び方になんだか距離を感じてしまった。
俺の席の隣には既にルビアがすっと背を伸ばして腰掛けていた。
それだけで一枚の絵のようで、どこか声をかけづらい雰囲気があった。
「ハルカ、おはよ」
驚くほど気さくな挨拶に驚きつつ、俺も「ルビアさんおはようございます」と返す。
するとルビアはけらけらと年相応の笑顔を俺に返した。
「友達なんだから普通でいいよ。ルビアって呼んで」
「じゃ、じゃあルビア。おはようございます」
ルビアは満足そうに再び笑う。
「この前は助けてくれてありがと。大事にならなくてよかったわ」
ルビアはわざわざ立ち上がり俺に一礼した。
「気にしないで。わたくしこそハルカを巻き込んでしまってごめんなさい」
俺は頭を抱え、ついには土下座した父や、見たことがないほど深刻な顔で迎えに来たバーチスを思い出して胸がぎゅっと痛む。
もう、迂闊なことはするまい。思わず拳に力がこもる。
「ルビアは……大丈夫でしたの?その……おうちとか」
俺は椅子に座りながら尋ねる。
「大丈夫!オル・アウレリオアルジェンティア家に対してフェルアイゼン卿からの正式な謝罪があり、オル・アウレリオアルジェンティア家もそれを受け入れて和解したの。オル・アウレリオアルジェンティア家としても娘の一人が痛い思いをした程度でフェルアイゼン家との関係を悪化させては大損だもん」
淡々と言うルビアに俺は少し驚くと同時に感心する。そして何も考えず手を出した自分の浅はかさがさらに恥ずかしくなる。
「その……もしかして余計なお世話でした?」
「全然!嬉しかったよ!」
満面の笑顔のルビア。それならよかったと俺は胸をなでおろした。
授業の開始5分ほど前になると、マルグリット先生とエステリオの野郎を除いた全員が既に教室にいた。
エステリオの奴はまだフェルアイゼン卿にこってり絞られているのか、まだ謝罪に回っているのか……。
そんなことを考えていると教室のドアがわざとらしく大きな音を立てて開かれた。
そこにはむすっとした表情のエステリオの野郎がいた。
全員がしんとしてエステリオの方を向く。
「みんな聞いて!」
エステリオが声を張り上げ、教壇に立った。
そして驚いたことに深々と頭を下げた。
「先日、アタシの癇癪のせいで皆様には大変なご迷惑をおかけしました」
静かな教室でエステリオがさらに続ける。
「特にブルーメケープ家第一令嬢、ハルカ・ブルーメケープ殿。オル・アウレリオアルジェンティア家第七公女、ルビア・オル・アウレリオアルジェンティア殿。このたびのアタシの不徳、深くお詫び申し上げます」
隣に座っていたルビアがすっと立ち上がる。
俺もつられて立ち上がる。ルビアも教壇にのぼると頭を深々と下げたエステリオの前に立った。
先ほどまでの気さくなルビアや、髪を引っ張られて痛がっていたルビアからは信じられないほど凛とした芯の通った声が教室に響いた。
「フェルアイゼン家第一令嬢エステリオ・フェルアイゼン。オル・アウレリオアルジェンティア家として、そしてわたくし個人として謝罪を受け入れましょう」
「寛大なお心遣い、痛み入ります」
エステリオがルビアの前で跪いた。
「とまああんまり堅苦しい謝罪はオトナにまかせましょ。私、こういうの実はあんま好きじゃないんだ」
ルビアはいつもの気さくな口調に戻ると、綺麗な姿勢で頭を下げた
「私こそごめんなさい。家の力に頼ってみっともなかった」
「だとしても私も暴力に頼ったのはみっともなかったわ」
するとルビアは頭をあげて、パンと胸の前で手を合わせると、にっこりとほほ笑んだ。
「じゃあみっともなかった者同士、仲直りして友達になってほしいな」
「は……?」
エステリオが面食らった顔をする。
「友達になってほしいの。ダメ?」
首をかしげて寂しそうに美しい緑の双眸でエステリオを見上げた。
「べ、べつにいいけど……」
「やった!」
ルビアはエステリオの手を取ってぴょんぴょんと小さくはねて喜んだ。
自分に暴力をふるった相手に対して、こんなにあっさりここまで心を許すなんてすごい心の広さだなと感心する。
「ねえ、ハルカとももう仲直りできたの?」
急に話をふられて俺は目を思わずぱちくりとさせた。
エステリオはそんな俺を指さしながら不満そうに口を開いた。
「ちゃんとあやまってやったわよ!お父様の言いつけ通りアンタとも仲良くしてあげるから感謝しなさい田舎者」
まったく子供だな。相当不器用な性格をしている。
そもそも人のことを不満そうに睨んだだけで頭なんて下げてなかっただろう。
俺は若干イラっとしながらも、元大人として寛大な心でそれを受け入れた。
「そんな嫌そうに仲良くなんてしてくださらなくて結構ですわ」
謝罪は受け入れる。が、
「そもそも親に言われたからと言って仲良くなるなんてそう簡単に上手くいきませんわ」
言いたいことは言わせてもらう。
俺は強いから多少何かあったとしても耐えられるだろうが、エステリオが癇癪を起こすのがどうせ先だろう。
多少強い言葉で突っぱねても今後12年間、最低限の接触で済ませたほうがお互いに得だと俺は考えた。
それに、こんな調子で日々ケンカを吹っ掛けられてはたまったものではない。
もし、仲良くなれるならそれこそ毎日の時間を過ごすうちに自然と仲良くなるだろう。
もう何があったとしても学園内では拳をふるいたくはないんだ。
「……」
エステリオは俯くと、耐えるように拳を握り締めた。
「別にお父様に言われてなくたって……」
絞り出すような声を漏らした後、顔をあげてこちらを睨みつけた。
「言ったわねハルカ・ブルーメケープ」
そしてこちらを指さして声高に叫んだ。
「アンタも父親みたいに土下座させて仲良くしてくださいって言わせてやる!」
「ちょ、ちょっと二人とも……仲良く、ね?」
ルビアが困ったように俺とエステリオの間に入りなだめるように両手をゆっくりと振った。
「お父様はわたくしを守るために最善の方法をとっただけですわ。バカにしないで」
確かに謝罪としてやりすぎではあったが、俺のために頑張ってくれた父をバカにされるのはさすがに我慢がならない。
相手が子供であれ、不快なものは不快と伝えるのが大人の役割ではないだろうか。今は同い年だが。
エステリオはこちらを睨みつけたまま大股で自分の席に向かってしまった。
やれやれ、これはなかなかに面倒そうだ。
俺はため息をつきたいのを我慢して静かに自分の席に座った。
代わりにルビアの小さなため息がしんと静まり返った教室に響いた。
おろおろと怯えたウサギのように縮こまっているマルグリット先生が朝礼を開始した。
「み、みなさん。今日からハルカさんとエステリオ様も授業に参加します。みなさん仲良くできますね?」
「もちろんです。ね、みんな」
ルビアが大声ではないのによく通る声で言う。
「ルルルルルルビア様!お心遣い痛み入ります!」
ぺこぺこと頭を下げるマルグリット先生。
一方エステリオの奴はむすっとして手をあげた。
「ぴっ!?」
マルグリット先生が小鳥の悲鳴のような声をあげた。
「エ、エステリオ様!?先生、何か失礼がございましたか!?」
「逆ですよ逆!なんでルビアとアタシだけ様づけなのよ!」
もっともな意見である。
「だだだだだって!お二人に失礼があったらヴァイルーゼン家なんて簡単につぶされてしまうんですよ!」
二人の子の扱いはむしろ逆に失礼ではないだろうか。
先生ん家の事情は知らないが、俺がルビアとエステリオの立場だったとしてあまりいい気はしないだろう。
「フェルアイゼン家がそんな気分で家を取り潰すような家だといいたいのかしら!?ブルーメケープ家といい、小さい家ってどいつもこいつもこんななのかしら!」
エステリオがムッとした様子で尋ねる。おいコラ待て。今ブルーメケープ家に喧嘩売る必要があったか?
「あ……あ……あんなに気を付けていたのにフェルアイゼン家のご息女を怒らせてしまった……」
ふらふらと先生が倒れそうになる。大丈夫なのかこの先生。
「せんせ」
ルビアがすっと手をあげた。嫌な予感しかしない。
「ル、ルビア様……?」
「先生は『慇懃無礼』ってご存じですか?」
にっこりとほほ笑むルビアを見たマルグリット先生がばたりと倒れた。
「だ、誰か!誰か気付け薬を!」
バタバタと何人かの生徒が倒れた先生へと駆け寄った。
「ふふ、面白い先生」
くすくす笑うルビアの横で俺は先生に同情していた。
「エステリオ、こういう時くらいは家の力に頼ってもいいでしょう?」
ルビアがにこりとエステリオに微笑みかけた。
「正直、気に食わないけど……ずっと様づけされるよりはマシだわ」
やれやれと言った様子でエステリオが肩をすくめた。
学園の1年目のカリキュラムは読み書き計算に理科社会、あとは礼儀作法と芸術系に運動だ。
思ったよりも普通な授業に俺は少し拍子抜けしていた。
今は午前中の最後の授業、音楽の授業を受けている。
ここで俺は初めてこの学園の授業に圧倒されることとなった。
マルグリット先生が壁みたいなパイプオルガンの前にある椅子に腰かけていた。
楽器というよりもはや建物だ。すごくデカいパイプオルガンも世界にはあるらしいと転生前に聞いたことがあったが、実物を前にすると思わず見上げてしまう。
壁に一定の規則性を持って張り巡らされている大小様々なピカピカした銀のパイプはどのように手入れをしているのだろうか。
眺めているとロボットの中身を見ているようで自然とわくわくする。
目を輝かせている俺の隣にエステリオがわざわざやってきて口を開いた。
「セレシア王立学園大パイプオルガン。王都最大のパイプオルガンよ。アンタが暮らしてたような田舎にはこんなのなかったでしょう」
いちいち田舎扱いしやがって……
「そうね」
それだけ言って俺は自分の座席へと向かった。
音楽の最初の授業は、楽器ではなく歌の授業であった。
まずは学園の校歌を覚えようという趣旨で楽譜が印刷されたプリントが配られた。
入学式では歌わなかったが、この歌は学園のイベント事では必ず歌うので覚えないといけないらしい。
いきなりは楽譜は読めないだろうと、まずはマルグリット先生が校歌を歌った。
校歌というには明るく軽やかで、どこかで聞いたことすらあるメロディーは先生の話では創立者が作ったものを音楽家たちが仕上げたそうだ。
校歌というには歌いやすく気持ちの盛り上がるメロディーが楽しく、俺も他の生徒のように明るい声で校歌を歌ってみせる。
が、気づくと俺以外誰も歌っていない。先生の伴奏も止まっている。
「あ、あの……わたくし何かしてしまいましたか?」
ついこの前、事件を起こしたばかりだ。不安になり尋ねる。すると皆が急に我に返り、がやがやと俺の方をちらちらと見ながら話し始めた。
まさかいじめか!?そう思った途端、転生前の小学校を思い出し息がつまる。
「ご、ごめんなさい!つい聞き惚れてしまって」
先生が信じられない言葉を口にした。
「え?え?わたくしの歌にですか?」
理解が追いつかず困惑する。
「ハルカさん、もう一度、一人で歌ってもらってもいいかしら?」
マルグリット先生が遠慮がちに俺に言うので、困惑しながら小さく頷いた。
伴奏が始まり、声を出す。メロディに乗せて歌詞を紡ぐ。
歌いやすい、楽しい、息が声帯を震わせるのが心地よい。
「天使の歌声ッ!」
マルグリット先生がそう叫んだかと思うとバタンとパイプオルガンの鍵盤に突っ伏してしまった。
パイプオルガンから腹に響くような厳かな不協和音が飛び出す。
「誰か!誰か気付け薬を!」
大慌てで一人の生徒が鞄から小瓶を取り出すと先生の口に含ませた。
早くも先生の扱いに慣れてきている……
マルグリット先生は意識を取り戻すと驚いた様子で口を開いた。
「失礼、あまりにも歌声が素敵なので天使がお迎えに来てしまいました」
……ほうっておいたら本当に危なかったのかもしれない。
「あの、そんなにわたくしのお歌、上手でしょうか?」
俺は信じられず遠慮がちに訊ねる。
「ええ!本当に素晴らしいです!テンセイシャかと思ったくらい!」
突然、この世界の人々が口にしなさそうな単語が飛び出し、俺の全身からぶわっと冷たい汗が噴きだした。
転生者だとばれることで世界の何かが変わってしまうかもしれない。
そんな漠然とした不安が胸に生まれた。
「テ、テンセイシャ……?」
俺の様子を見て純粋に知らない単語に疑問を持ったように思ったのだろう。
マルグリット先生はメガネをくいと人差し指で位置を直した。
「じゃあみなさん、少しだけ休憩して歴史のお勉強です」
先生がパイプオルガンの椅子に腰かけると皆の方に向き直った。
「テンセイシャという言葉は200年前の王様、つまりこの学園の創立者の発言が元となっています。彼は国王でありながら類いまれな発明家でした。さらには未知の素材を作り出し、加工する女神様の奇跡を使うことができました」
そして一瞬、間を置いた後に続けた。
「ある人が国王の奇跡を前にして思わず訪ねました。『なぜこんな力があるのか』と。すると彼はこう答えたのです『僕はテンセイシャだから』と。その言葉の真意は不明ですが、『天』から授かった奇跡の才を持って『生』まれた『者』という解釈が一般的です。先生の世代はちょっとすごいことをすると『天生者だ!』と冗談で言い合ったものなんです」
違う。俺は確信していた。
王都で見かけた居酒屋、旧校舎の雰囲気、畳、カレーうどん、鴨南蛮。全部が自分の中でつながってしまった。
「先生、王様はどうなったんですか?」
俺はとある不安を抱え、震えそうな声を押し殺して尋ねる。
「はっ、そんな事すら知らないなんて、ほんと田舎者ね」
エステリオがわざと聞こえる声で小ばかにしてくるが睨む気力もわかない。
「多くの人に見守られながら天に召されました。王都大公園に立派なお墓がありますよ」
「……ありがとうございます」
俺のチート能力はどうやら歌かもしれない。そんなことが分かった喜びよりも、帰れない転生者が過去にいたというショックのほうがずっと大きかった。
放課後、俺はメイプルを連れて王都大公園へと向かった。
徒歩で行ける距離だと聞いていたが、学園の外に出るのには外出許可が必要だった。メイプルが申請書の書き方を教わりながら代わりに手続きをしてくれたので俺は何もしていないのだが、外に出るだけで大変だ。
目的地まで学園の馬車で送迎があり、数歩後ろをがっちりした体型の帯剣した護衛が3人ついてくる。貴族令嬢である生徒に何かあったら大事件なのだろう。緊張感がすごい。今後はできる限り学園の外には出ないようにしようと思った。
ほどなくして俺とメイプルは創立者のお墓についた。
「すごい立派なお墓です!この下に創立者の王様が今も眠っているんですね!」
メイプルが物珍しそうに目をらんらんと輝かせて尻尾を振り回していたが、しばらくするとはっとして偉大な王の冥福を祈って墓前で手を合わせた。
俺もそれに倣う。
手入れが行き届いた花畑の向こうにはピカピカに磨かれた立派な墓石。その手前には献花台。
彼の偉業と人生についての紹介が書かれた観光客向けの案内もある。
ヒロシゲ・マル・エルデリオエンペール。
国王でありながら、生活の質を向上させる多くの発明で、人々の生活水準を劇的に引き上げた偉大な発明家。
国王の座を退いた後は『星の海を渡る船を作る』と研究に没頭していたらしい。
彼は『星の海を渡って違う星で暮らしてみたい』と夢のような事を真面目に言っていたそうだ。
その説明の脇には空飛ぶ細長い筒を見上げる老人の絵が描いてあった。
筒の集まり……きっとロケットだ。
なぜか、それを見上げる老人の目に寂しさのようなものを見出してしまう。
没年月日。俺はその数字の羅列から目が離せなかった。
ああ、転生した彼は帰れなかったんだ。
ロケットを作ってまで帰りたかった故郷に……
きっと俺も……
心のどこかではある日、元の生活に戻れると期待していた。
目が覚めると目の前には病院の天井があって、ごつごつした掌を見ながら「随分と長い間面白い夢を見ていたな」とか呟いて、泣きそうな顔で病室にやってきた両親と妹に「トラックは強かった」と低い声で冗談めかすんだ。
そんな淡い期待。
今の生活には満足している。転生前より充実してるとも思う。
メイプルは大切な家族だし、妹のヴィオラは妹の澄麗よりよっぽど可愛い。転生前の両親以上に今の両親は俺に愛情を注いでくれているのを感じる。俺自身も歌は人を失神させられるほど上手なようだ。
なのに、帰れないという事実を突きつけられた途端、胸にぽっかりと穴が開いたように感じた。
俺は涙がこぼれないように空を見上げた。
星の見えない青空の向こうの地球が見えたらよかったのに。
すっかり元気を失ったハルカ。
しかしそんなハルカに対してエステリオは変わらずちょっかいを出してきて……




