セレシア王立学園
入学式の前日、寮への引っ越しを終えたハルカとメイドのメイプルはこれから通うセレシア王立学園を探検することにした。
校訓の刻まれた設立者の像、ボロボロの旧校舎、鍛錬ができるかもしれない校庭。
異世界の学園はどこもかしこも新鮮なものばかりだった。
寮の入り口にある受付にいたネコミミのメイドに水について尋ねると、少し驚いた顔をされてしまった。
「失礼ですが『水道』をみるのは初めてでしょうか?」
「はい!すごいです!お水が出るんですよ!ちょろちょろーーって!」
お湯も出るもっと立派なものを毎日使っていたし、使うどころかいじっていたと言いたい気持ちをぐっと抑えて頷こうと思っていたが、その前にメイプルが目を輝かせながら元気よく答えていた。
受付のメイドの笑顔が生暖かい。俺はこの目を知っている。田舎者を見守る目だ。
「王都とその周辺には『水道』というものがあります。王都の地下一帯に綺麗な水が流れていて、それを各部屋にパイプで運んでいるのです。井戸水や川の水より清潔なのでそのまま飲むこともできるのですよ」
今日までこの世界に水道がある事を知らなかった。ブルーメケープ領、もしかしてド田舎なのだろうか?
この話を聞いたメイプルは声をあげて感心するも、すぐに心配そうな顔になり「水がそのまま飲める?」と尋ねる。受付のメイドは「みんな飲んでますよ」と部屋の奥に置いてある水差しをちらりと見た。
それでもメイプルは半信半疑で「生水を飲むなんて怖いです……」と不安げだった。
受付にいたメイドは礼儀正しく、そして真面目でわざわざ簡単な寮のオリエンテーションまでしてくれた。
各階にはなかなかの広さのキッチンルームがあり、火はそこで使うことができる。
俺達が見学に行った時も数人のメイドが主人のために自慢の料理を作っているようだった。
生水を飲むことに抵抗があるのなら、水はここで沸かしていいそうだ。
1階には大食堂があり、学園のシェフが作った料理を食べられる場となっていた。
俺はてっきり決まった時間に席について、女神様にみんなで祈りを捧げたあとに「いただきます」そしてまずは前菜から始まる食事を想像していたが、まさかの食券でセルフサービスだ。
食堂をのぞいた感じでは、セルフサービスだからといって自分で食券を買って並ぶようなお嬢様は一人もいなそうであった。人形のようにちょこんと腰掛けるお嬢様とお盆を持って並ぶメイド達という光景はなかなかに面白い。
さらに風呂もすごい。部屋の風呂以外に大浴場もあるときた。
ここまでくると俺には寮というよりホテルに思えた。
レトロゲームが置いてあるゲームコーナーもあれば完璧だったんだが。
受付のメイドによるオリエンテーションが終わると、俺とメイプルは丁寧にお礼を言った。
田舎者だと舐められないためにも家で叩きこまれた完璧な角度の完璧なおじぎを優雅にする。
隣で同じように一礼するメイプル。普段騒がしいメイプルもおじぎはとても様になっている。
「あのあの!お嬢様とメイプルは今日初めてセレシア王立学園へ来たのです!どこまで見学してよいのですか?」
メイプルが尋ねる。スカートがバタバタするくらい元気よく尻尾を振っては綺麗なおじぎが台無しだ。
でも可愛い。きっと受付も同じ感想を持ったのだろう。受付の方は微笑ましそうにメイプルを見守りながら、にこやかに答えた。
「今日からここはあなた方の学園でもあります。立ち入り禁止の部屋以外はどこでも自由に見学していただいて構いません」
俺達は親切に寮を案内してくれた受付に再度お礼をすると、早速、寮から外に出ることにした。
さらに気が利くことに、受付のメイドは俺達に地図付きの学園案内を一枚ずつくれた。
寮から外へ出ると10人ほどのメイドと執事に囲まれた赤髪の少女とすれ違った。
すれ違ったというよりも圧に負けて道を開けてしまったという方が正しい。
俺に道を開けさせるとはずいぶんと強いようだ。
「こんなに使用人を連れてきてもよいのですね」
圧倒され思わず感想を口にする。
「お嬢様があの方の真似をしたら、おうちの使用人が殆どいなくなっちゃいますね!」
メイプルに悪気はないのだろうが、使用人が少ない家と言われたようで少しむっとしてしまう。
うちだって俺が使用人を10人連れてきたとしても6人は家に残るぞ。まったく。
そんなことを考えていると、次は5人のメイドを連れた少女が歩いてくる。
「何よ前のアイツ!あんなにぞろぞろ使用人を連れて!権力自慢?気に食わないわ!」
「お嬢様!おやめください!」
金髪をさっぱりと切った元気な印象を受ける少女がぷりぷりと怒りながらすれ違っていく。
典型的なワガママお嬢様といった印象だ。
5人もメイドを連れているお前も似たようなものじゃないかと思ってしまった。
一方、うちはメイプル一人。
ブルーメケープ家、もしかして小さいのだろうか。
「ブルーメケープ領は美味しいブドウやお芋も取れるし、おいしいささみもあります」
6年も暮らせば愛着だってわく。俺はメイプルに向かって負け惜しみを言う。
「はい!おさかなもおいしいです!メイプルはブルーメケープ領が大好きです!」
メイプルも同意してくれる。メイプルみたいな忠実な使用人がいて誇らしい。
どうだ、羨ましいだろうと、既に寮へと入って姿が見えなくなった金髪の少女をちらりと見る。
その後も、何人もの使用人と令嬢とすれ違った。制服に身を包み友人との再会を喜ぶ先輩らしい人、慣れた雰囲気でそんな主人の邪魔をしないよう数歩後ろを歩く使用人。
一方で制服を着ていない自分と同じくらいの背格好の人間は恐らく新入生だろう。
この学園に通うお嬢様はみんな使用人をぞろぞろ連れて歩くのだろうかとちらちらと様子をうかがっていたが、どうやら最初の二組が例外だったようだ。
俺のように使用人を一人だけ従えている生徒が半数ほどで、2~3人の使用人を連れた人もそれなりにはいる。少しほっとした。うん、ブルーメケープ家は小さくない。多分。
ただ4人以上の使用人を連れた人は着飾り方も、どことなく感じる気品も明らかに違う。
俺とメイプルが一般人なら彼女たちは芸能人やプロスポーツ選手だ。
雰囲気だけで気圧されるとは……どうやらこの肉体はまだ鍛え足りないようだ。
しばらく、目的地も定めずなんとなく綺麗に舗装された道を歩く。初めての異世界の学校はテーマパークみたいで歩いているだけでうきうきとする。
実際、学園内は隅々まで手入れが行き届いており、学園というよりも綺麗な公園のようであった。花壇を舞う蝶すらも美しい風景のために計算され設置しているのではないかと思うほどだ。
「お嬢様!メイプルはあれがみたいです!校訓!」
メイプルがワクワクして仕方がないといった様子で俺の手を引っ張る。これではどちらが使用人だかわかったものではないが悪い気はしなかった。
学園案内を手にしたメイプルに手を引かれ、俺は大きな建物の前へと連れていかれた。
5階建ての石造りの建物は小さな城のようにも見えた。
セレシア王立学園本校舎。音楽室や図書館があるが、基本的には中等部と高等部の教室がある建物なので、しばらく俺には縁がなさそうな建物だ。
その建物の前に立派な銅像が一つ建てられていた。
その像の男は少し頼りない印象があり、はにかんだ笑顔で東の空を指さしている。
「この人が創立者さん!200年ちょっと前の王様です!」
台座には「女神様がみてる」という校訓と共にうんたら・マル・なんちゃらとかいうやたら豪華な名前と生没年が刻まれていた。
王様……か。申し訳ないがお父様のほうがよっぽど威厳を感じる。転生前の親父とはいい勝負だ。
「この校訓、どんな意味なのかしら」
どうしても有名なライトノベルだか恋愛小説だったかのタイトルが思い浮かぶので思わずメイプルに尋ねてしまう。
「『常に女神さまがみてるという意識を持って、品行方正にすごしましょう』だそうです!」
メイプルが得意げに腰に手を当てて豊かな胸を張ってみせる。
「メイプルもいつもお嬢様にみられているつもりで一生懸命お仕事してます!」
「ええ、いつも助かっていますわ」
褒めると嬉しそうに頬に手を当てて身もだえるメイプル。
「この校訓を守り上品にそして華やかに育つお嬢様方は、そう!まるで花園!」
「お花ではなく園なの?」
自分の世界に入り込んでいるメイプルにはつっこみなど届かない。
あちこちに色とりどりの花が咲き誇るこの学校はまあ確かに花園といえなくもない。
俺はきゃーきゃーと一人で盛り上がっているメイプルを放置して学園案内を見る。
本校舎の案内を見ると中等部の普通学科、教会信仰学科、美術芸術社交学科等、様々な学科の教室があるようだ。
一方で旧校舎には剣術騎士道精神学科、他には貴族統治行政学科や呪術うんちゃら学科なんてよくわからない学科が割り振られている。
かっこいいな剣術騎士道精神学科。強くなれそうだ。
「旧校舎はどんなところなのかしら」
地図をみるとどうやら本校舎の裏にあるらしいことはわかる。
「旧校舎が気になるのですか?何か面白そうなものでもあったのですか?」
「剣術騎士道精神学科って何だろうって」
メイプルが目の前で手を合わせて耳をピンと立てた。
「わあ!姫騎士ですね!お嬢様ならひらひらのドレスみたいな鎧もピカピカの剣もきっと似合います!」
ひらひらのドレスみたいな鎧……この世界の女性騎士のイメージは随分と華やかなようだ。
「あと校庭も見てみたいわ。ランニングコースの下見をしたいの」
「お嬢様は本当に運動がお好きですね!メイプルも校庭の小川を見てみたいです!おさかないたらいいなぁ」
メイプルはニコニコしながら旧校舎へと向かう俺についてきた。
ん?小川?なんだか校庭に似合わない単語が聞こえた気がした。
旧校舎はまるでお化け屋敷のようであった。
2階建てでこの世界では珍しい木造の建物は風が吹けば崩れてしまいそうにも見えた。窓の向こうに猫背のメガネの男性が通るのが見えたので、一応使ってはいるらしい。
「わあ、ぼろっちいです!」
メイプルが目を丸くする。
旧校舎の入り口の横には石碑があり歴史的な木造の建物であることがわかる。
どうやら本校舎と一緒に開校時に建てられたらしい。
「築200年以上ってことなのかしら」
「ふわあ……長生きな建物なんですね」
「ちょっと中を見てみましょうか」
久しぶりに見る木造建築が懐かしく、俺は吸い込まれるように中へと歩を進める。
古い木の床はかなりしっかりと作られているのか、古いにもかかわらず少しも軋んだりはしない。
きっと、旧校舎といえども毎日誰かがしっかりとメンテナンスをしているのだろう。
なお、水道はあった。増改築されたのかもしれないがブルーメケープ領が200年前の建物に負けたようで非常に悔しい。
俺より先にブルーメケープ領が強くなるべきではないだろうか。
「わあ、不思議な歩き心地です!メイプルこの床好きです!」
上機嫌でメイプルが歩く。教室の扉は引き戸なのがまた懐かしい。
学校には嫌な思い出しかないはずだったのにな。不思議とノスタルジーを感じた。
俺は吸い寄せられるように引き戸を引いた。
「……」
「……」
教室ではなかったようだ。畳の上で寝転がって本を読んでいるメガネの男性と目が合う。
用務員室だったのか?というかこの世界には畳があるんだな……。
「新入生ですか?」
「あ、は、はい」
慌てて頷く。
「メイプルはメイドです!」
「みればわかりますよ」
メガネの男性は本に栞を挟むと体を起こして立ち上がり一礼する。
「どぢらの家の方は存じませんがここは剣術騎士道精神学科の実習室です。迷子ですか?」
「名乗り遅れました。ハルカ・ブルーメケープと申します。旧校舎の見学にまいりました」
名乗っていなかったことに気づき、スカートつまみ優雅に一礼した。
「はいはいどうもお嬢様。私はラティウス先生です。君が中等部にあがる時には忘れてるでしょうけど」
名前なんてどうでもいいと言った感じで言われてしまう。
実際、6年後にこのメガネを見たとしてもぱっと名前が出てくるとは思えない。雑な扱いも仕方なしだ。
だからといってその余計な一言はいらなかっただろ。
ぼさっとした癖っ毛に丸メガネに無精ひげ、さらにはヨレヨレの服と来た。
おそらく彼は理科の教師だろう。俺が通った中学にもいた。
「こんな建物、見学するだけ無駄ですよ。不人気学科の墓場ですから」
ラティウス先生は自虐的に言う。剣術騎士道精神学科は不人気なのか。
たしかにこの学園ですれ違ったいかにも温室育ちのお嬢様方が重たい鎧に身を包み剣や槍を振り回す姿は想像しがたい。
温室育ちのお嬢様なのは俺もそうなのだが。
「僕はどうせ使わない教室なら休憩室にでもすればいいと思うんだけどね。この教室はサボるには本当に良い場所だ」
ラティウス先生は畳に胡坐をかいて先ほどまで読んでいた本に手を伸ばした。
新入生の前でサボり宣言とはなかなかにとんでもない教師だ。
俺は呆れながらも、先ほどから気になっている事を尋ねてみる。
「もしかして先生は剣術騎士道精神学科の先生なのですか?」
ラティウス先生が噴き出した。
「僕が!?面白い考察だね。剣術騎士道精神学科の教室にいた教師だから剣術騎士道精神学科を教えているに違いない。うんうん、まっすぐな考えは嫌いではないよ」
なんだかバカにされたようで俺はムッとする。理屈っぽい奴は好きではない。
賢い事、物知りな事は確かに強い。それはそれとして好き嫌いで言えば嫌いだ。
俺だってこんなヒョロガリメガネが剣を振り回せるとは思ってはいない。だからこそ気になって聞いただけだというのに!
「ブルーメケープ嬢、この学園でたくさん学びたまえ」
急に教師みたいなことを言われても腹の虫は収まらない。
「騎士、僕が騎士かぁ。考えたこともなかったよ」
俺は不機嫌なままラティウスに一礼してメイプルと旧校舎を後にして、校庭へと向かうことにした。
「校庭……かぁ」
「綺麗なお庭でしたね!メイプルあのお庭大好きです!」
俺とメイプルは寮の1階にある食堂の椅子に座っていた。
半分は大人用の席だが、もう半分は子供用の背の低い椅子と机となっており、まだ背の低い新入生も食べやすいように配慮されていた。
メイプルも子供用の椅子と机を使っているのでちょっと窮屈そうに見えた。使用人と一緒に食事を摂るというのは想定されていなかったのかもしれない。
俺は椅子に腰かけてカレーうどんとフォークを前にため息をついた。
校庭は運動場ではなかった。綺麗な芝生に美しい噴水、明るいこじゃれたランプに白い机とテーブルにベンチ。季節の花々が咲き誇る花壇にも手入れが行き届いており、しおれた花など一つもない。
とても美しい学校の庭。校庭。
小川もあってメイプルが大好きな小魚も泳いでいた。池もあってなぜか錦鯉がいた。メイプルは初めて見る錦鯉を見て綺麗なおさかなだと大はしゃぎだった。
「走ってもよいのかしら」
「お庭ですよ!いいに決まってます!」
自宅の中庭の芝生は俺が走り込んで禿げさせてしまったが、さすがに学校の芝生を禿げさせるのは抵抗がある。
「そうだとうれしいわ……」
俺はフォークを器につっこむとカレーうどんを掬って啜った。味もカレーうどんだ。異世界なのに。
ただ食べなれたカレーうどんもフォークで食べるとなんだか異国情緒がある。異国どころか異世界だが。
学園案内に「独特のメニューによる食育」なんて書いてあったと思うが、日本人になじみのありすぎるメニューに驚きを通り越して安心感を覚えていた。
もっと『鹿肉の煮凝りムニエルテリーヌのポワレ学園風』みたいないかにも高そうなものが並んでいるとばかり。
目の前でメイプルは見慣れない灰色の麵、ソバと思われるものを恐る恐る口に運んでいたが、すぐに気に入ったらしく、今はメイド服のエプロンに汁を飛ばしながら幸せそうに食べていた。
「メイプルは鴨南蛮ソバを選んだの?」
「お嬢様すごいです!メイプルは初めて名前を聞いた料理なのになんでわかったんですか!?」
「えっ……」
ちらっとメイプルのトレイにのっている食券の半券を見る。
「食券をみたのよ」
「なるほど!お嬢様すごい観察眼です!」
メイプル、尻尾をそんなに振り回したら毛がそばに入るぞ。
「お嬢様のかれえうどん?も麺類なのですね!どんな味ですか?」
「ちょっと辛くて美味しいわ。メイプルも食べてみる?」
メイプルの顔がぱっと明るくなるがすぐに首をぶんぶんと振ってみせた。
「いけません!メイドたるもの主人が食べているものに手を出すなど言語道断です!やっていいのは毒見だけです!」
メイプルはなんだかんだで真面目だ。
「メイプル、毒見をお願いするわ」
「もう食べちゃってるじゃないですか!手遅れですよ!」
だがメイプルは単純だ。
「メイプル、あーん」
フォークにうどんを絡めてそっとメイプルの口の前に出す。メイプルの鼻を食欲をそそるカレーの香りがくすぐっていることだろう。
「あーーん」
口を開けたメイプルの口に、俺は身を乗り出してカレーうどんをつっこむ。
「わあ!おいしいです!」
「でしょう」
メイプルは頬に手を当てて嬉しそうにする。
「お野菜の甘みとお肉のおいしさとたくさんのスパイスの香りが調和して、それに麺の食感とお出汁の味も……そう!まるで花園!」
メイプルは本当に可愛いな。
俺は例え学校生活でもメイプルと一緒なら楽しいだろうなと小さく微笑んだ。
それが入学式早々にあんなことになるなんて……
入学式を終えてついにハルカの新生活が始まるはずだった!
はずだったのに……いきなり事件に巻き込まれてしまい……




