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王都

ついにセレシア王立学編へと向かうことになったハルカとメイプル。

初めての異世界の王都は目に映る全てが新鮮だった。

メイプルの父バーチスが御する馬車はついにセレシア王立学園に到着したが……

 王都への馬車道はかなりしっかりと舗装されていた。

 ブルーメケープ家の領地内は少し横道にずれると土がむき出しの砂利道なので、馬車で通るとものすごく揺れる。どれだけ揺れるかというと降りる時には思わずおしりをさすりたくなるほど痛くなることもある。特に舗装された道と砂利道の境界を乗り越える時の揺れは酷い。その揺れは小さなハルカの身体どころか隣のメイプルまで跳ねあがるほどだ。

 窓の外の景色はゆったりというには速すぎる、飛ぶようにというには遅すぎる。そんなスピードで流れていく。

 見慣れた自宅近辺の広々とした草原を抜け、田畑で汗を流す領民達の日々の営みが映る。

 乗り物にのって風景の変化を楽しむだなんていつぶりだろうか。初めて新幹線へと乗った時はわくわくしたなと前世の子供の頃の事を思い出す。ビルの多い駅から発進したかと思うと少しずつ建物が減っていき、寂しさすら覚える自然の多い景色となった後にまた段々と賑やかになっていく様子は、新天地への到着の予感にわくわくしたものだ。

 ブルーメケープ家の領地は恐らく駅と駅の間のポジションだったらしい。風景はビルやアパートを思わせる高い石造りの建物、煙突から煙を吐く工場、行きかう馬車と賑やかになる一方だった。

 ブルーメケープ家に連なるものとして少し悔しい。

 俺だけではなく、メイプルもガラスに張り付かん勢いで外の景色に夢中になっている。

 一日中お屋敷の中で俺の世話と家事をする毎日だ、こんな遠出はメイプルにも初めての経験なのかもしれない。

 物珍しい異世界の風景をメイプルと眺めながらガタゴトと心地よい揺れに身を委ねる間も馬車はどんどん進んでいく。

 

 休憩中、御者のバーチスがやたらとメイプルに構おうとして、煙たがられているのを目にした。

 バーチスはメイプルの父だ。

 メイプルと違い気品すら感じる白い髪に白い尾を持つが、ふさふさで太い尻尾はメイプルそっくりだ。耳と尻尾の先端だけがメイプルのような毛色になっているのが、成人男性に失礼だとは思うが可愛らしい。

「メイプル、バーチスはきっと寂しいのですよ。あまり邪見にしてはいけません」

 俺はこう言ったがメイプルは「パパがメイプル離れできてないだけです!」と珍しく俺の言うことを聞き入れなかった。

 もう1度、休憩を挟んで出発してから3時間は馬車に乗っていただろうか。

 昼食の弁当を食べ終わったあたりで巨大な外壁と山のような建物が現れた。

「わあ!メイプル知ってます!あれが王城です!」

「王城……」

 おそらくだが、この辺りで一番偉い人が住んでいるのだろう。

 巨大な建物の周囲にはいくつか小さな建物が見える。王城が巨大すぎるため小さく見えるが、周囲の景色に並ぶ建物と比較すると、その一つ一つがブルーメケープ家のお屋敷より大きいだろう。

「すごい……」

 あまりに強い迫力に俺はただただ圧倒され言葉を失う。

 王城だけではない。周囲の景色もブルーメケープ領よりもずっと近代めいてきている。

 道は広く、どこもかしこもレンガや石で綺麗に舗装されており、機能性と美しさを両立させていた。

 道路沿いの背の高い街灯は夜も明るく街を照らすのだろう。

 行きかう馬車は馬も車体も豪華だ。家紋らしいエンブレムがついているものばかりで、それぞれの家の財力を誇示する道具としても機能しているのかもしれない。

 ショーウインドウのようなものがある店もある。輝くアクセサリー、輝くドレス、背の高い帽子につややかな燕尾服、どれも目玉が飛び出すような値段なのだろう。

 食事処もこじゃれている。パラソルの下に白い机と白い椅子。そこで一体どんな鳥からとれるのか想像がつかないほど大きな羽がついた帽子をかぶったドレス姿の女性二人がお茶とケーキを楽しんでいた。

 この風景に赤い看板に黒い文字で店名が書かれた居酒屋の看板は逆に安心感がある。

 ……居酒屋!?

「メ、メイプル!?居酒屋が……」

 驚いて思わずメイプルに声をかけてしまった。

「あの真っ赤な看板のお店ですか?イザカ屋……って何を売ってるのでしょうね?」

 ピンと来ていないメイプル。だが少なくとも見間違いではないらしい。

「イザカさんのお店かもしれないです!」

 ピンと来て耳と尻尾を立てるメイプル。うん、そうかもしれない。何だったんだアレは。

 そして俺とメイプルを乗せた馬車はついに学園へと到着した。


 バーチスが門の衛兵に何かが書かれた紙をみせると馬車はゆっくりと広々とした正門前の広場を進んだ。

 ここはおそらく馬車乗り場となっているのだろう。ホテルの前のタクシー乗り場を思い出す。

 明らかに違う所は馬のボロ、つまりは馬糞があちこちに落ちているところだろうか。

 俺達のような新入生なのか、在校生が新学年のために戻っているのかはわからないが、既に4~5台の馬車が停まっていた。

 バーチスが扉を開くとまずはメイプルが馬車から降りて、次に俺がメイプルに手を引かれて降りる。

 メイプルとバーチスが次々と荷物をおろすのを手伝おうとしたが、止められたので仕方なくぼーっと荷下ろしを見守る。

 バーチスに何か言われるたびにメイプルは耳をぺたんと寝かせて何かを言い返す。

 メイプルは両親にも割と甘えている印象があったが突然の反抗期なのか?

 意外な一面が観られて面白い反面、しばらくは愛娘と離れて暮らすバーチスが少し不憫にもなる。

 荷下ろしが終わると、バーチスが寮の受付で手続きを済ませようとするのだが、何やら書類に不備があったらしくちょっとした問答になっていた。

 だが、最終的には手続きは無事に済んだようでバーチスが額にびっしりと冷や汗をかきながらも受け取った鍵をメイプルへと手渡した。

 おろした荷物をバーチスとメイプルが4階にある俺とメイプルの部屋の扉の前へまでせっせと運ぶ。

 重たいだろうに息も切らさないとはバーチスもなかなかの強さだ。

 荷物を置き、馬車の前へと戻るとバーチスがここまで頑張った馬達のために用意した水の入った桶も飼い葉が入った桶も空っぽになっていた。きっと馬達の身体も休まった事だろう。

「バーチス。長い距離を本当にありがとうございました」

 俺がスカートのすそをつまみ深々と頭を下げるとバーチスのほうがかしこまってしまう。

「いえいえとんでもない!私は御者の務めを果たしただけです」

 そして寂しげな笑みを浮かべてバーチスが頭を深々と下げた。

「お嬢様、仕えるべき相手へ頼む事ではないと承知でお願いさせていただきたい。どうか、どうかメイプルをよろしくお願いいたします」

 ずっと一緒に暮らしていた娘なのだ。とても心配なのだろう。

「もちろんです」

 力強く言い切る。安心してくれ。強い俺が一緒だ。

「パパ!メイプルがお世話をする側ですよ!お嬢様に迷惑かけないでください!」

 一方イカ耳で尻尾を逆立てて怒るメイプル。

「もうメイプルはお嬢様がいれば一人で大丈夫……」

 そこまで言ってメイプルが俯いてしまった。耳の垂れ方も先ほどのイカ耳と違って力がない。尻尾もしおれている。

「一人でも……お嬢様がいても」

 段々と鼻声になっていく。

「寂しいよぉ……」

 ついにメイプルがバーチスに飛びついてワンワン泣いてしまった。

 バーチスはメイプルを抱きしめ、あやす様に頭をなでながらこちらに目を向けた。

「こんな子なのでお嬢様に迷惑をかけてしまうかもしれません。それでも一生懸命な子なのです。どうか見捨てないでください」

 メイプルの一生懸命さはよく知っている。例えカエルを追いかけて池にはまろうが、ちょうちょをおいかけて物干しざおに激突しようが見捨てはしない。

「当然です。私もメイプルが大好きなのですから」

 恐らくメイプルが一番喜ぶであろう言葉。だが、いざ口にすると少しだけ恥ずかしく頬と耳が熱をもった。

「メイプルも!メイプルもお嬢様が大好きです!」

 感極まった鼻声でメイプルが言う。

「でも!でも!パパのことだって!ヴィオラお嬢様と奥様とご主人様とママの次に好きなんです!」

「パパはメイプルが一番……一番好きだよ!」

「メイプルはお嬢様が一番ですぅ!」

 ついにバーチスが男泣きを始める。あまりにも親子だ。

 周囲の視線が若干痛いが、二人が抱き合って満足するまで泣き合うのを見守ること30分は経っただろうか。

 馬車を引く馬の一頭は待ちくたびれたのか立ったまま眠ってしまっている。

 ついに二人は別れる決意がついたようだ。

「お嬢様、メイプル、よい学園生活を」

 爽やかに主人と娘を送り出すなかなかにイかした御者のセリフのはずなのだが、目が真っ赤では格好がつかない。

「ありがとうバーチス。次は夏休みですね」

「パパもよい御者生活をです!」

 帰路につく父を両手がちぎれんばかりに振って見送るメイプルの横で、俺はひらひらと上品に手を振る。

 その姿をバーチスは何度も振り返り名残惜しそうに見ていた。よそ見をして事故らなければいいのだが。

 経験者からの警告になるが、どんなに強くても事故は危険だ。

「さて!メイプルはお部屋のご用意をしないといけませんね」

 俺はまた目に涙を貯めてしまっているメイプルの手を引いて寮へと向かった。


「お嬢様は腰かけてお待ちください!メイプルが素敵なお部屋にしてみせます!」

 がらんとした部屋を前に、すっかり元気を取り戻したメイプルが腰に手をあてて大きな胸を張る。

 以前、お仕事が大好きと言っていたが本当に好きなのだろう。

 やる気で目がらんらんと輝いている。

 寮の部屋は4階だった。これから12年間毎日昇り降りをするのはまあまあ鍛錬になりそうだ。

 寮のリビングには既に机と椅子が置いてあった。きっと去年までこの机と椅子を誰かが使っていたと思うと少し感慨深い。

 俺の自室となるスペースは赤いじゅうたんが敷かれ、そこにはアンティーク調のいかにも高そうな化粧台とクローゼットと本棚。そして勉強用と思われる椅子と机が置いてあった。

 ベッドもすでに綺麗に用意されており、俺の部屋だけでなくメイプルが寝泊まりする部屋がどこかも一目でわかった。

 メイプルの部屋は俺の部屋より質素なだけでなく、メイド達が食事を運ぶときに使えるワゴンもあった。

 校章入りなのできっと備え付けの備品なのだろう。

 少なくとも、以前パンフレットを指さしてメイプルが言っていた『メイプルのお部屋』という極小スペースではなかったようで、机と椅子もあるきちんとした部屋だった。

「わたくしも少しはお手伝いしたいわ」

 待っているだけなのは絶対に退屈なので手伝いを申し出る。

「メイプルの学園での初仕事なんです!頑張りたいんです!メイプルはやれる子です!」

 張り切りすぎて頑なに聞こうとしない。

「メイプルがそこまで言うのでしたら」

 俺は部屋を確認しながら廊下に置いていた木箱と布の包みをリビングへ運ぶ様子を見守りながらストレッチ、腕立て、スクワット、腹筋……が、汗をかくたびにメイプルが俺の汗をぬぐいに来るので結果としてメイプルの仕事の邪魔をしているだけになってしまっていた。

「メイプル、お手伝いさせてくれませんか?」

 今度はお願いしてみる。

 そしてさらに別の方向から攻める事にした。

「わたくしは早く片づけを終えて『メイプルと一緒に』学園を見学したいのです」

 わざとらしく『メイプルと一緒に』を強調する。

 それはそれとして学園探索はしてみたいのは本音だ。旅行に来たみたいでワクワクする。目に映るものすべてが新鮮だ。

「メイプルもです!お嬢様と一緒に色々みたいです!」

 あっさりと食いつくメイプル。わかりやすく太い尻尾がふさふさと揺れ、ほこり一つない部屋にメイプルの毛が早速舞い落ちる。掃除するのはメイプルなので別に良いが。

「わかりました!お片付け終わらせて見学に行きましょう!メイプルも見てみたい場所があるんです!」

 こうしてメイプルが解いた荷物を次々と部屋のあちこちにしまう事となった。

 『壊れもの』と書かれた小さめの箱が1個とメイプルの両手で抱えるほどの大きさの箱が2個そして『メイプル』と書かれた中くらいの箱。

 箱といってどれもしっかりとした木箱なので箱自体にもそれなりの重さがありそうだった。

 箱からは甘い果物の香りがする。普段は収穫した果物を入れるのに使っている箱なのかもしれない。

「これは食器です!」

 メイプルが木箱の蓋を固定していたロープを解いて蓋を開く。木くずを緩衝材代わりにして、大小のお皿、グラス、カップだけでなく、ケーキスタンドまで入っていた。

「みてください!このマグカップ!ねこちゃんなんです!メイプルが選びました!」

 メイプルが厚手のしっかりとしたマグカップを箱から取り出した。縁にはネコミミのようなでっぱりが二つあり、持ち手はしましま模様で猫の尻尾を意識しているようだった。ネコミミの下に描かれたにっこりと笑ったねこの顔が可愛い。模様はハチワレを意識しているのだろうか。

 俺は確かに強いが可愛いものを軟弱と唾棄する人間ではない。可愛いものは可愛いと認める心の強さもある。

「なんだかメイプルに似てますね」

 平和そうで何も考えていなさそうなところがとても似ている。

「えへへ、メイプルこんなに可愛いですか?」

 嬉しそうにマグカップのネコの顔を見つめてカップのネコミミ部分をツンツンとつつく。そういうところだぞ。

「お嬢様とおそろいなんです!どっちがいいですか?」

 そして箱からもう一個マグカップを取り出す。

「こっちは三毛猫ちゃんです!お嬢様はどちらがいいですか?」

 本音を言うとどちらでも良いのだが、せっかくメイプルが選んでくれたものだ。俺は少し考える。

「じゃあ、最初にメイプルが取り出したほうがいいわ。メイプルに似てるもの」

「わかりました!じゃあこっちの三毛猫ちゃんがメイプルのカップです!」

 言いながらメイプルは上機嫌で二つのカップを机にならべた。

「他の食器も机におくのかしら?」

 俺は訊ねながら箱から数枚の皿を取り出しメイプルに手渡す。

 取り出した食器を机に並べるには6歳の身体では背が足りない。身長は早めに伸びてほしいところだ。

 食器を全て取り出し終わると、俺は次の箱の開封に取り掛かった。一つ目の箱には俺のドレスと制服といった身の回りの物が入っていた。

 制服を作る時は驚いた。わざわざ学園から俺の採寸のためだけに職人が訪れたからだ。

 この後、この身体が育ちすぐにサイズが合わなくなるかもしれないことを考えるとそこまでしなくてもよいのではと思わなくもない。

 せっかく持って来た大量のドレスも来年には着れなくなるのだろうか。

 しかし制服……妙に現代的なデザインだなと赤いチェックのスカートを持ち上げながら思う。

「制服とーーっても可愛いですよね!」

 机に広げた食器を確認しながらメイプルが口を開いた。

「お嬢様にとってもとってもお似合いでした!」

 制服が届いた日、両親にせがまれ早速制服を着る事になったが、両親よりもメイプルのほうが感激していたな。

「可愛いからメイプルにもきっと似合うわ」

「そんな!メイプルには恐れ多いです!」

 わたわたと両手を振って畏まるメイプル。

 さすがに今の俺のサイズの制服を着せるわけにはいかないが、もっと大きくなったらメイプルにも着せてみたい。口では嫌がってもきっと大はしゃぎで着るであろうことは容易に想像ができる。

 家電のないこの世界の引っ越しは意外と荷物が少ない。

 もう一個の箱の中身はヘアブラシや学園の鞄、学園のパンフレットに筆記用具に靴くらいだ。教科書についても実際に授業が始まった時に配るらしい。

 思ったよりも早く手が空いてしまった俺は「メイプル」と書かれた箱をメイプルがこれから暮らす部屋に運び、紐を解く。

「メイプルの荷物、紐を解いたままお部屋に置いておけばいいかしら?」

 服と小物くらいしか入っていないのだろう。見た目に対して随分と軽い。

「開けてもいいですよ!お片付けもうちょっと時間がかかりそうなのでメイプルのぬいぐるみで遊んでいてください!」

 メイプルが尻尾と三つ編みを揺らしながらこちらに声をかけた。

 いや、ぬいぐるみで遊ぶような歳ではないのだが……確かに6歳ではあるが。

「メイプルと仲良しなんですよ!」

 だがメイプルの持っているぬいぐるみとやらが気になり箱を開けてみる。そういえば妹……ヴィオラではなく転生前の妹も何歳になってもぬいぐるみをゲームセンターで取っていたなと思い出した。メイプルも女の子だ。こういったものが好きなのも自然な事だ。

 箱を開けるととぐろを巻いている妙に長いヘビみたいなぬいぐるみと目が合った。だが三角の耳がついておりカッと見開かれたネコの目と口と髭のおかげで一応はネコなのだろうということはわかった。

「……」

 ひっぱりだすと1メートル半はあるだろうか。今のハルカの身長よりも全長がある。小さな突起みたいな手足が4つあるのでぎりぎりねこだ。

 ネコは伸びると聞いたことがあるがこのぬいぐるみは限度がある。……メイプルも胴を掴んで持ち上げたら伸びるのだろうか。

 メイプルより背が高くなったらいつか試してみたいな。そんなことをぬいぐるみの胴を持ち上げながら考える。

 その下には3つ手作りと思われる人型のぬいぐるみ。さらに下にはメイド服の替えが見える。恐らくメイプルの服だろう。

 ぬいぐるみの一つは白ネコの獣人と思われる紳士を模したぬいぐるみ。

 もしかしてバーチスか?耳と尻尾の先端が琥珀色だ。もう一つのぬいぐるみはメイプルと似た琥珀色の髪をした少し厳しそうな女性のネコの獣人を模している。俺の母を担当する古参のメイド、つまりはメイプルの母にそっくりだ。

 メイプルの母は娘のためにわざわざこのぬいぐるみを作ったのだろうか?メイプルの母には厳格な印象を持っていたが、似たもの親子で似たもの夫婦なのだなと微笑ましくなる。

 ……そしてそうなるとこの金髪に青い目、赤いドレスの女の子のぬいぐるみは。俺……ハルカなのだろう。他の二つと違い服は別に作られており着せ替えられそうだ。

 ニコニコしながらメイプルがこのぬいぐるみ相手にも毎日着せ替えている姿が容易に想像できた。

 俺はメイプルの強すぎる忠誠心に少しだけ引く。

「お嬢様お待たせしました!来てください!なんかすごいんです!」

 俺はびくりとしながら慌ててメイプルの箱のふたを閉じる。はみ出した長いネコのぬいぐるみが蓋に挟まれ少し苦しそうに見えた。

「すごい?なにがかしら?」

 メイプルの忠誠心の強さなら今まさに痛感させてもらったところだ。

「これですこれ!」

 ニコニコしながら洗い場と思われる場所を指さす。ご丁寧に俺のために踏み台まで用意してくれている。

 俺が踏み台にのると目の前には金属製のパイプが壁から生えていた。パイプを通したであろう穴は粘土のようなもので埋められているので少し目立つ。そしてそのパイプの先端には細い鎖で壁に繋がれたコルク栓がされていた。

「みていてください!この栓を今からメイプルがとります!」

 宣言と同時にコルク栓をキュッと抜く。ちょろちょろと流れ出す水。

「すごい、この部屋って4階なのに水が出るのね!」

 どんな仕組みかはわからないがどうやらこの寮には水道があるらしい。王都すごい。王都便利。王都強い。水についてはメイプルを手伝って鍛錬を兼ねて井戸から4階まで毎日持ち上げるつもりだった。

「不思議です!ちっちゃい井戸です!」

 はしゃぎながらメイプルは何度もパイプにコルク栓をはめたり抜いたりしてみせる。

「お屋敷にもこれがあったら便利ですわね」

 メイプルを含め、毎日メイド達が何度も井戸から水をくみ上げている様子を思い浮かべて思う。

 考えてみれば俺は転生前は配管工としてあちこちの工事現場で作業をしていた。この経験を活かしていつかお屋敷を上下水道完備とはできないだろうか。

 まあそもそも日本と違い上水道の本管がないのだ。くだらない妄想だなと考えを捨てる。

「このお水、きれいなのかな?沸かせば飲めるのかな?お洗濯や洗い物に使えるのかな?」

 メイプルが首をかしげた。

「お部屋に薪や石炭はさすがに使える場所はなさそうね」

 さすがにIHやガスコンロはないようだ。

「そんなものつかったら部屋中真っ白けっけになっちゃいます!」

「じゃあお湯はどうするのかしら」

 メイプルと俺は首をかしげる。

「ねえメイプル、考えていてもしかたないわ。見学しながら寮の方にきいてましょう」

「わかりました!メイプルも早く見学したくてうずうずしてました!」

 こうして俺とメイプルは学園探検を始める事にした。

セレシア王立学園は何もかもがブルーメケープ領とは違っていた。

ただただ驚くばかりのハルカだったが……

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