第66話 主張なさってください
「……!」
再び拘束されたテュレンヌ公は、恨みがましそうな表情を浮かべた。
アンジェラは灰を払って立ち上がり、静かに彼を見下ろす。
「テュレンヌ公、私はまもなく十五歳になるのです」
「……それが……?」
「まもなく十五歳になるということは、まだ十五歳にはなっていないということです」
当たり前だ。この皇女は何を言っているのか。
テュレンヌ公が唖然とした時、アンジェラは静かに言葉を重ねた。
「私は聖女ジュリエットが死んだ日に生まれました。あなたの犯した罪はまだ時効を迎えていないのです」
この国における殺人罪の時効は十五年だ。
ジュリエットが処刑され、アンジェラが誕生した日からもうすぐ十五年。
時効は完成していない。前王妃を殺害した罪はまだ公訴権を失ってはいないのだ。
「こ、公訴……!?」
「はい。私は法律に則り、あなたを真犯人として告発します」
テュレンヌ公の手の傷の診断結果。
複数の贈り物の中から、目薬だけを指定して盗ませたこと。
その際に利用したメイドを絞殺して口を封じようとしたこと。
過去の罪を糾弾されて、突発的に逃亡を図ったこと。
オルタンスは前王妃の妨害を受けることなく、スムーズに現王妃の座につけたこと──つまりテュレンヌ家は前王妃の死によって利益を得たこと。
これらの事実を元に、皇女アンジェラはテュレンヌ公を犯人として申告し、処罰を求める意思表示を行うと言っているのだ。
「そ、そんな理由! どれも決定的な証拠にはなりません!」
前王妃を殺害した映像が残っているわけでもない。どれも状況証拠に過ぎない。証拠不十分だ──とテュレンヌ公は声を荒げて訴えた。
ジュリエットはもっと不十分な証拠しかない中、杜撰に殺されたのだが……そこを振り返る気はないらしい。
「すべていわれのない誹謗中傷です! このような侮辱を受ける道理はありません! 私は断固として、己が無罪であると主張します!」
「ええ。どうぞ」
アンジェラは落ち着いた物腰でうなずいた。
「どうぞ主張なさってください。あなたにはその権利があるのですから」
「権……利……?」
反論の勢いをくじかれて、テュレンヌ公はあんぐりと口を開けたまま固まった。
「あなたは被告にはなりますが、まだ罪人ではありません。あなたの刑は確定していませんもの」
被疑者になろうが、容疑者になろうが、人権が剥奪されるわけではない。
黙秘権もある。専門知識を有する弁護人を選定する権利もある。無罪を主張する権利は保障される。
「私はあなたの罪を訴えます。あなたはご自分の無実を訴えてください。有罪か無罪かを決定するのは私ではなく、あなたでもありません。法曹職に従事する方々です」
罪人に対する罰則は、ただ法が決める。
判決を下すのは王族でも皇族でもなく、法の番人たる判事なのだ──とアンジェラは言った。
「なぜなら、この国は法治国家なのですから」
聖女ジュリエットは不当に拘束され、有無を言わさず投獄され、即日のうちに処刑された。
そんな非人道的な扱いは、金輪際あってはならない。
誰であっても、どんな罪を犯した者でも、公明正大な裁判を受ける権利はある。
私刑は認められない。王太子だろうが、皇女だろうが、法を踏み越えることは許されない。
たとえ相手がかつてジュリエットを陥れた人物であろうと──同じことだ。
「正式な調査も行われず、釈明の機会も与えられずに、権力者の独断で殺されるなど、もう二度と誰にも起こってはならないのですから」
アンジェラは毅然と告げた。
宵の中にも輝きを失わない菫色の眼は、誰もが頭を垂れずにはいられないほどの威厳を放っていた。
「あ……あ……ああ……」
テュレンヌ公はこれまででもっとも心を折られたような顔をした。
わなわなと膝をついて頽れ、炎症の跡が残る手で頭を抱えながらその場にうずくまる。
放心する公爵の姿を見つめていた時。アンジェラの視界がふっと暗くなった。
リオネルが公爵を見張る役目をナタンの従者に命じて、となりに来ていたのだ。
彼の長身が作る影に再び包まれて、アンジェラは顔を上げた。
「リル?」
またしてもリオネルの様子がおかしい。
まるで全身を撃ち抜かれたような顔をしたかと思うと、リオネルは今回は両手でその顔面を覆った。
先ほどよりも激しくぷるぷる身震いしながら、万感を込めてつぶやく。
「……聖女か……!」
「?」
確かに前世では聖女だったけれど、今さら何を言っているのだろう?
リオネルがなぜもっと震えているのか今回もわからなかったが、おかげでアンジェラは張りつめていた心が和んだのだった。




