第59話 贈り物
王妃オルタンスは歓声をあげた。
「まぁ……っ!」
オルタンスの目の前では、訪ねてきた皇女アンジェラが無垢な笑顔を満開に咲かせていた。
「オルタンス様、先日はお茶にお招きいただき、ありがとうございました!」
──本当に楽しいひとときでしたわ、とにこにこ喜ぶアンジェラとの間には、箱がずらりと積み上げられていた。
帝国から持参したという贈呈品の数々だ。流麗な筆致で"親愛なるお義姉様へ"と書かれたカードも添えてある。
「先日はオルタンス様のお誘いに舞い上がってしまって、うっかり贈り物をお渡しするのを忘れてしまいましたの。私ったら不調法で申し訳ありません……」
いじらしく詫びながら、アンジェラは上目遣いでオルタンスを見上げた。
庇護欲をそそる可憐な容姿は、同性のオルタンスでさえ唸らずにはいられないほど愛らしい。
「義理とはいえ、私たちは姉妹になるのですもの。つまらないもので恐縮ですが、少しでもお近づきのしるしになれば幸いですわ」
つまらないものどころか、アンジェラが広げた品々はどれも目がくらむほどきらびやかだった。
まずは帝国一の調香師が手がけたという香水。特別に馨しいだけでなく、クリスタルガラスを研磨した瓶は精緻な彫金が施されて、宝石のようにキラキラと輝いていた。
それから保湿成分を贅沢に配合した美容液。帝国でも皇族と大貴族だけが独占している最高級品らしい。肌の奥に浸透して、みずみずしい張りと弾力、透明感と繊細な肌理を与えてくれるのだとか。
さらに花のエキスを抽出したという目薬。大量の花からごくわずかな量しか取れない希少な品で、目の疲れを癒してくれるだけでなく、瞳を潤して魅力的に見せる効果もあるらしい。
そしてホウセンカを使った特製の爪紅。真紅に近い濃い赤は、高位の者にしか許されない貴色だ。オルタンスの持っているどの爪紅よりも発色が鮮やかな上、秘伝の製法のため色移りせず、持ちもいいのだという。
「まぁ……なんて素敵な品々なの……!」
オルタンスは扇を持つのも忘れ、手で口を押さえて感嘆した。
ナタンも昔は高価なプレゼントをたくさん貢いでくれたものだが、最近はすっかり冷たくて、訪れすらめっきりご無沙汰だ。
何もしてくれない夫への不満も手伝って、久しぶりの豪華絢爛な贈り物攻勢に、オルタンスの心は踊った。
「これらはすべて、先代の王妃様がご愛用なさっていた品々だそうです」
「まぁ、お義母様が?」
オルタンスは目をまたたいた。
王妃ディアーヌが亡くなってもう十五年近く経つが、彼女が夫の心をつなぎとめるべく、若さと美貌に強く拘っていたことは覚えている。
優れた化粧品があると聞けば国内外を問わず取り寄せていた王妃は、本当に気に入った品は決して誰にも教えなかった。
臣下たちも競うように王妃に進物を献上していたから、その中で愛用していたものとなれば、選りすぐりと言っていい逸品だろう。
だからオルタンスだって詳細を知りたかったのだが、王妃の死去によって迷宮入りしてしまった。
もう知るすべはないとあきらめていたのだが、サフィール帝国からの輸入品だったのか。
「これらをお使いになれば、きっと国王陛下もオルタンス様の魅力を再確認されることでしょう。お二人がよりいっそう仲睦まじくなられたなら、義妹としてこれほど嬉しいことはありませんわ」
そうはしゃぐアンジェラは、天真爛漫という言葉がぴったりな邪気のない顔をしている。
「私はお兄様は三人いるのですけれど、姉妹はいないのです。ずっとお姉様がほしかったので、オルタンス様がお義姉様になってくださるのがとても楽しみですわ」
「そうでしたのね……」
オルタンスは前回のお茶会で、アンジェラの熱い皇后愛に引いたことを思い出した。
この皇女は継母にあたる皇后ジョゼフィーヌを深く敬愛している。血がつながっていなくても、身内と認めたらなつく性格なのだろう。
継母とそんなに親密な関係ならば、オルタンスとも義姉妹として仲良くなりたいという言葉を信じてもいいのかもしれない。
アンジェラがあくまでもオルタンスを立て、義妹として分をわきまえ、王妃の座を狙うつもりがないというのなら、可愛がってやらないこともない。
帝国唯一の皇女に慕われる義姉……悪くないポジションだ。
「ええ、よろしくてよ。アンジェラ様」
悦に入ったオルタンスは初めてアンジェラを「皇女殿下」ではなく、親しげに名前で呼んだのだった。




