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【受賞・書籍化】処刑された聖女ですが、皇女に転生してお兄様たちに溺愛されています  作者: 朝森さな


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第58話 毒と薬

 秘密の書庫には門外不出の機密文書が所蔵されていた。前王妃ディアーヌの病状についての記録や、検死の結果もだ。


 外に持ち出すのは危険すぎるので、この場で閲覧して記憶するしかない。


 診療の記録には生前の王妃が不調を訴え始めた頃から、具体的な症状、提供された食事の品目、処方された薬の種類まで丹念に綴られていた。


「宮中医たちも診断に苦慮していたようだな」


 リオネルがそう指摘した通り、初めは偏頭痛だろうと下された初見が、季節性の風邪だとか胃腸の感冒だとか二転三転していて、医師たちも困惑している様子がうかがえた。


「だが……毒は一切、検出されていない……」


 そうつぶやいたリオネルに、同じことを疑っていたとアンジェラは知る。


 王妃ディアーヌは本当に病気だったのか。あの急激な衰弱は毒を盛られていたのではないかと、アンジェラも疑惑を抱いていたのだ。


「これだけ厳格に精査されていたら、毒を盛るのは難しいわ……」


 記録に残る限り、王妃の口に入るものはすべて厳重に管理されていた。


 飲食物はもちろん、医師が処方した薬湯などもすべて事前に毒味されている。


 使われていた食器はすべて銀。砒素《ひそ》などの毒が混入された場合、色が変わってすぐに露見する。


 遅効性の毒で毒見役ごと葬ろうとした可能性も考えたが、亡くなったのは王妃だけだ。他に同じ症状に見舞われた者はいない。


 複数人による毒見をすり抜けて、王妃だけに毒を摂取させるのは至難の業だろう。


「犯人と毒見役が共犯《グル》で、あらかじめ解毒剤を服薬していた可能性はあるだろうか?」


「あるかもしれないけれど……今からでは確かめようがないわ」


 アンジェラは力なくかぶりを振った。


 解毒薬を利用して王妃だけに毒を作用させた可能性。

 医者を買収して虚偽の申告をさせた可能性。

 そもそもこの記録そのものが真犯人の偽造である可能性。


 何が真実で何が嘘なのか、疑い出せばきりがなかった。


「あるいは薬に見せかけて毒を盛ったのか……。適切な量なら薬として使えても、過ぎれば毒になることはままあるからな……」


 薬と毒は表裏一体だ。


 毒は危険だが、用量と用法を守れば薬として使える。自然界に自生する植物は条件や組み合わせによって、いくらでも有益にも有害にもなりえる。


 たとえば馬鈴薯《ばれいしょ》は今でこそ普及しているが、芽や緑色になった実に毒性があるのも事実だ。


「ジルは昔、馬鈴薯を安全に食べる方法を教えてくれただろう?」


 かつてジュリエットは幼いリオネルに、馬鈴薯の芽を取り除くことや、緑に変色したら食べてはいけないことを教えたことがあった。


「逆に……わざと毒性を強めることは可能なのだろうか?」


 意図的に日光に当てて、変色させて、わざと強毒を持たせた馬鈴薯を作ることはできるだろうか?


「可能だと思うわ。でもそうやって有毒にした馬鈴薯を、王妃様に食べさせるのは難しいんじゃないかしら?」


 毒性が強まれば苦味も強くなる。仮に口に含んでも、異変を感じて吐き出すだろう。


 しかも一口で即死するほどの猛毒ではないから、それなりの量を食べなければ死に至りはしない。


 王妃の死因が毒だとしても、使われたのは馬鈴薯ではなく、もっと猛毒かつ無味無臭に近いものだろうと推測できた。


──ジュリエットが治癒の力を注いで回復させたはずの王妃を、わずか一日で死に至らしめたほど強い毒とはいったい何なのか?


 アンジェラが考え込むと、リオネルは首をかしげた。


「ジルが最後に会った時、王妃の瞳孔が開いていたというのも気になるな」


「リル、もしかして……!」


「ああ。摂取すると瞳孔が開く毒といえば……まさかあ(・)れ(・)か……?」


 二人は顔を見合わせて、同時にうなずいた。


「それなら気になることがあるわ。王妃様を癒せと命じられた日と、その翌日とで違いが……」


 アンジェラが声をひそめると、リオネルは長身をかがめてくれた。


 アンジェラは背伸びをして、彼の耳にだけ届くように小声でささやく。


「──だったの。たった一日で変化した理由は、もしかして……?」


「ああ。確かめる必要があるな」


「リル。飲食物に毒を混ぜたのではないのだとしたら……お化粧品はどうかしら?」


 経口摂取でないならば、経皮摂取かもしれない──とアンジェラは思案した。


 夫である国王の度重なる浮気に悩んだ王妃は、美と若さに執着していた。


 金に糸目を付けず高価な化粧道具を買い求める王妃に、周囲もこぞって美容に効くという贈り物を献上したものだ。


 かつては肌を明るくする化粧品として、鉛や水銀を使った白粉《おしろい》が広く使用されていたことがある。


 使った女性たちの多くに健康被害が出たことから禁止され、今はもう一般には流通していないが。


「でも……見た目ではわからないと思うわ」


 危険な化粧品があることは知ってはいても、素人目に含有成分は判別できない。


 安心安全の高級品だと薦《すす》められれば、疑いなく使用してしまうかもしれない。


 侍女やメイドに先に試させたとしても、鉛や水銀の中毒症状は一朝一夕に悪化するわけではない。


 仕込んだ毒がゆっくり蓄積するのを利用して、じわじわと王妃を弱らせていった可能性もある。


 可能性はあるが……可能性に過ぎない。

 

 仮に王妃を蝕《むしば》んだ化粧品があったとして、そんなものは真犯人によってとっくに処分されてしまっただろう。証拠は何も残っていない。


「そうだな……」


 リオネルは冷静にうなずいた。


──先代王妃の死が藪《やぶ》の中というのならば。


「"今"の王妃にご登壇願うとするか」

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