【番外編】 藍色吐息の恋愛模様② 寝言は反則です
その日は珍しく平和な一日だった。
魔族との戦闘もなく。
面倒なクエストもなく。
仲間たちと食事をして、笑って、穏やかな時間を過ごした。
「今日はここで野営だな」
ガルドの言葉に全員が頷く。
焚き火が揺れる。
夜空には満天の星。
旅を始めた頃は不安しかなかった景色も、今では少し懐かしく感じるようになっていた。
◇◇◇
「ふぁぁ……」
ユズが小さくあくびをした。
「眠そう」
アイトが声を掛ける。
「ちょっとだけ……」
「ちょっとじゃないでしょ」
「そうかも……」
へにゃりと笑う。
その表情に思わず目を細める。
最近は特に忙しかった。
強敵との連戦。
長距離移動。
精神的な疲労も大きい。
だからだろう。
ユズは焚き火の横に座ったまま、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。
「ユズ」
「んー……」
「寝るならテントで」
「あとちょっと……」
あとちょっとで寝る人の顔だった。
数秒後。
案の定。
すぅ……すぅ……
規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「寝たな」
ガルドが笑う。
「寝たね」
リリアも微笑む。
「相変わらず平和な子」
フィオが肩をすくめた。
アイトは苦笑しながら立ち上がる。
「運ぶよ」
「頑張れー」
「保護者さん」
「違う」
即答だった。
しかし誰も信じていない。
◇◇◇
ユズを抱き上げる。
軽い。
驚くほど軽い。
月明かりが銀色に髪を照らしている。
眠っている顔は無防備で。
戦っている時の勇敢さが嘘みたいだった。
(危機感がないな……)
そう思う。
でも。
それは信頼でもあるのだろう。
アイトがいるから。
大丈夫だと思っている。
その事実が少し嬉しい。
少しだけ。
◇◇◇
テントの前まで来た時だった。
「ん……」
ユズが小さく身じろぎする。
起きたかと思った。
しかし違う。
まだ眠っている。
そして。
ぽつりと呟いた。
「アイト……」
心臓が跳ねた。
反射的に動きが止まる。
寝言だ。
ただの寝言。
分かっている。
分かっているのに。
名前を呼ばれただけで鼓動が速くなる。
◇◇◇
そして。
次の瞬間。
「アイト……好き……」
世界が止まった。
◇◇◇
「…………は?」
思考停止。
完全停止。
風も。
虫の声も。
全部消えた気がした。
今。
何て言った?
聞き間違い?
いや。
聞き間違えるはずがない。
確かに聞こえた。
好き。
好きと言った。
好きと。
◇◇◇
当の本人は。
「すぅ……」
気持ちよさそうに寝ている。
爆睡だった。
言い逃げである。
完全なる言い逃げだった。
しかも無自覚。
◇◇◇
そのままテントへ運ぶ。
毛布を掛ける。
起きない。
何も覚えていない顔だ。
「……反則」
思わず呟く。
人生で初めてだった。
好きな子に告白されて。
本人が覚えていない状況。
どう反応すればいいのか分からない。
◇◇◇
その夜。
アイトは眠れなかった。
本当に眠れなかった。
◇◇◇
(好き)
思い出す。
(アイト好き)
思い出す。
(アイト好き……)
思い出す。
「……」
駄目だ。
何度も再生される。
脳内で延々と再生される。
しかも。
声付きで。
笑顔付きで。
破壊力が高すぎる。
◇◇◇
「寝ろ」
自分に言い聞かせる。
しかし眠れない。
横になる。
眠れない。
目を閉じる。
ユズの寝言が再生される。
眠れない。
完全に詰んでいた。
◇◇◇
翌朝。
「おはよー!」
元気いっぱいのユズが現れた。
睡眠十分。
絶好調。
昨日の寝言など一ミリも覚えていない顔だった。
「おはよう」
「アイト眠そう?」
「気のせい」
「そう?」
気付いていない。
当然だ。
原因は君だから。
◇◇◇
朝食中。
ユズはパンを頬張りながら笑う。
「今日は頑張ろうね!」
「……うん」
「?」
首を傾げる。
可愛い。
やめてほしい。
これ以上追撃しないでほしい。
◇◇◇
その日の夜。
ガルドがぽつりと呟いた。
「そういえばアイト」
「何」
「昨日寝てなかっただろ」
「……」
「隈できてるぞ」
ユズが驚く。
「えっ!?」
「大丈夫!?」
「大丈夫」
「無理しちゃ駄目だよ!?」
心配そうな顔。
近い。
距離が近い。
アイトはそっと顔を逸らした。
理由を説明できるわけがない。
――君が寝ぼけて告白したせいで眠れなかった。
そんなこと。
口が裂けても言えない。
◇◇◇
だから。
その秘密は。
しばらくの間。
アイトだけの宝物になった。
本人が覚えていない、
世界で一番ずるい告白と共に。




