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藍色吐息  作者: 久遠 ヒカリ


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【番外編】 藍色吐息の恋愛模様①

【藍色の嫉妬】


 ゲーム世界に閉じ込められてから数か月。


 旅を続ける中で、ユズは知らないうちに有名人になっていた。


「ユズさん!」


「また回復魔法お願いできますか?」


「昨日助けてくれてありがとうございました!」


 行く先々で声を掛けられる。


 困っている人を放っておけない。


 怪我人を見れば治療し。


 初心者を見れば装備を分け与え。


 泣いている子どもがいれば膝をついて話を聞く。


 そんなユズを慕う者は多かった。


 本人はまったく気付いていないが。


「ユズって人気者だよな」


 酒場で仲間のガルドが笑う。


「そうかな?」


「そうだよ」


「そう?」


「そう」


 本人だけが理解していない。


 そんなユズを見ながら。


 アイトは無言で紅茶を飲んでいた。


 しかし。


 カップを持つ指先が僅かに強張っている。


「ユズさん!」


 若い男性冒険者が駆け寄ってくる。


「よかったら今度一緒に狩りへ――」


「無理」


 アイトが即答した。


 一同が固まる。


「え?」


 冒険者も固まる。


「ユズは忙しいから」


「いや本人に聞いて――」


「忙しい」


「いやだから――」


「忙しい」


 圧だった。


 とても圧だった。


 ユズは首を傾げる。


「私忙しかったっけ?」


「忙しい」


「そうなんだ?」


 素直に納得するユズ。


 ガルドは吹き出した。


「お前なぁ……」


 アイトはそっと視線を逸らした。


 嫉妬していることを悟られたくなくて。


◇◇◇


 その夜。


 宿の屋上。


 星空が広がっていた。


「アイト」


「ん?」


「今日ちょっと変だった」


 どきりとする。


「そう?」


「うん」


「気のせいじゃない?」


「気のせいかなぁ」


 首を傾げるユズ。


 その姿を見て。


 アイトは思わず笑った。


 本当に気付いていない。


 あれだけ好意を向けられているのに。


 自分がどれほど魅力的なのか。


 まるで理解していない。


「ユズ」


「なに?」


「もう少し警戒した方がいい」


「どうして?」


「どうしてでも」


 すると。


 ユズはふわりと笑った。


「でもアイトいるし」


 その瞬間。


 心臓が止まりそうになった。


 反則だろ。


 そんな言葉。


 本人は何も考えていないのに。


 アイトは小さくため息をつく。


「そういうところだよ……」


「?」











【茜色のヤキモチ】


 しかし。


 問題は別の日に起きた。


◇◇◇


「アイト様!」


「素敵です!」


「今日も格好いい!」


 城下町を歩くたび。


 女性たちが集まる。


 強くて。


 優しくて。


 顔も良い。


 モテない理由がなかった。


 しかも本人は無自覚だ。


「まただ……」


 ユズは小さく呟いた。


 胸がもやもやする。


 苦しい。


 嫌だ。


 でも。


 そんなこと思う自分が嫌だった。


 アイトは悪くないのだから。


 だから。


 少し距離を取ろうと思った。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


◇◇◇


 夕方。


 野営地。


 ユズは焚き火から離れた場所に座っていた。


 すると。


「見つけた」


 聞き慣れた声。


「アイト」


「どうしたの」


 隣に座る。


「別に」


「嘘」


 即答だった。


「嘘じゃない」


「嘘」


 逃げ場がない。


 沈黙。


 風が吹く。


 夕焼けが森を赤く染めていた。


「……アイトは人気者だから」


 ぽつりと漏れる。


「うん?」


「みんなアイトが好きだから」


 声が震えた。


「私なんかより」


 その瞬間だった。


 ぐいっと引き寄せられる。


「えっ」


 気付けば。


 抱き締められていた。


 力強く。


 優しく。


 逃げられないくらいに。


◇◇◇


「アイト!?」


 顔が熱い。


 心臓が壊れそう。


 しかし。


 アイトは離さない。


「どこ行くつもりだったの」


「え」


「距離置こうとしてたでしょ」


 見抜かれていた。


 全部。


 全部。


 見抜かれていた。


「だって……」


 涙が滲む。


「アイトがモテすぎて辛い……」


 本当に小さな声だった。


 自分でも情けないと思う。


 でも。


 止められなかった。


「みんなアイト見てるし」


「うん」


「綺麗な人ばっかりだし」


「うん」


「私なんて……」


 その先は言わせてもらえなかった。


 ぎゅっと。


 抱き締める腕に力が込められる。


「ユズ」


 低く優しい声。


「俺もだよ」


「……え?」


 顔を上げる。


 アイトは苦笑していた。


 少し困ったように。


 少し照れたように。


「俺だって嫌だった」


「何が?」


「男に囲まれてるユズ見るの」


 ユズは瞬きを繰り返す。


「嫉妬してた」


「……」


「ずっと」


 言葉を失う。


 あのアイトが。


 いつも冷静なアイトが。


 そんなことで悩んでいたなんて。


「俺だけじゃなかったんだ」


 ユズの目から涙が零れる。


 嬉しかった。


 どうしようもなく。


 嬉しかった。


 すると。


 アイトは優しく頭を撫でた。


 何度も。


 何度も。


 大切な宝物に触れるように。


 その温もりに包まれながら。


 ユズは小さく笑った。


「じゃあ」


「うん」


「お互い様だね」


 一瞬。


 アイトが目を丸くする。


 そして。


 ふっと笑った。


「そうだね」


 夕暮れが終わる。


 藍色の空が広がっていく。


 その下で。


 二人はしばらく寄り添ったままだった。


 もう。


 一人で寂しい思いをしないように。


 もう。


 言葉にできない想いを抱え込まないように。


 互いの鼓動を感じながら。


 藍色の吐息が溶けていく夜は、


 どこまでも優しかった。

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