第6節:猜疑心の残響(レゾナンス・オブ・サスピション)
子爵邸の奥底、蝋燭の火が揺れる執務室で、子爵は一人、暗い愉悦に浸っていた。
だが、その瞳の奥には拭いきれない猜疑心が澱のように沈んでいる。
彼は、自身の強欲を鏡写しにしたような人間だった。
ゆえに、「あまりに都合のいい成功」を本能的に信じ切ることができない。
「……話が良すぎる。あの女鑑定士も、投資の専門家も、出来過ぎた筋書きだ」
子爵は、傍らに控える密偵に短く命じた。
狙いを定めたのは、村の有力者であり、かつてアレクが救った少女リーザの叔父・バートである。
「あの男を連れてこい。守るべき家族がいる人間は、最も安く、かつ確実に『真実』を吐き出す脆弱性を持っている」
一方、村の片隅にあるリーザの宿屋。
そこでは、作戦の第二段階終了を祝う穏やかな時間が流れていた。
ニコは自作の携帯用計算機を弄び、エレーナはリーザが淹れた茶を優雅に楽しんでいる。
「これでおしまいね。明日の朝、子爵が公的な契約を結べば、私たちの完全勝利よ」
エレーナの言葉に、シオンが微かに口角を上げる。これまで張り詰めていたチームに、一時の緩和が訪れていた。
だが、窓際に立つアレクだけは、杯を置いたまま夜の闇を凝視していた。
「……静かすぎる」
「アレク? どうしたの、そんな顔して」
リーザが不思議そうに問いかけた、その瞬間だった。
――轟音。
宿の扉が蹴破られ、鉄靴の音が床を鳴らした。
「動くな! 公金横領および王室への詐欺容疑で全員拘束する!」
なだれ込んできたのは、抜身の剣を構えた騎士団。そしてその背後から、勝ち誇った笑みを浮かべた子爵と、顔を伏せて震えるバートが姿を現した。
「アレクさん、ごめんなさい……。でも、こうしないと村のみんなが、家族が殺されるって……!」
バートの手には、ニコの工作道具の一部が握られていた。
ニコが立ち上がろうとしたが、即座に騎士の石突がその腹を打つ。
エレーナも、シオンも、瞬く間に組み伏せられ、冷たい銀の枷が嵌められていく。
「ふははは! 詰みだな、詐欺師諸君。貴様らの浅知恵など、我の前では児戯に等しい!」
絶叫に近い子爵の哄笑が、宿屋の静寂を無惨に引き裂いた。
拘束され、床に膝をつかされたアレクは、乱れた前髪越しにバートと子爵をじっと見つめた。
その瞳には、恐怖も、絶望も、後悔すらも浮かんでいない。
「……やはり、この変数は排除できなかったか」
アレクが低く漏らしたその一言は、地獄への引導か、それとも逆転への暗号か。
逃げ場のない宿屋に、冷酷な勝利宣言だけが響き渡っていた。




