第7節:自爆の論理(ロジック・オブ・セルフデストラクション)
子爵邸の謁見の間は、氷のような静寂と、子爵の荒い鼻息だけが満ちていた。
上座には、国王の代理人である王室監査役が、彫像のように無表情なまま座っている。
その足元で、子爵はバートが持参した発光ギミックや薬品の瓶を並べ立て、声を張り上げた。
「ご覧ください、監査役閣下! これらこそが、この詐欺師どもが我が領地を汚した証拠です! 奴らは『偽の金脈』で私を惑わせ、王室を欺こうとしたのです。だが、私は土壇場で奴らの稚拙な目くらましを見破り、私財を投じて領民から権利を買い戻しました。すべては、王室への忠誠を汚さぬため……。私は被害者であり、同時にこの企みを暴いた功労者なのです!」
勝ち誇った子爵の視線が、床に跪かされたアレクを射抜く。
だが、アレクは縛られたまま、喉元に突きつけられた剣先すら楽しむように、小さく肩を揺らして笑った。
「……クク、ハハハハ!」
「何がおかしい、死に損ないめ!」
「いえ。さすがは閣下だ、と感服していたのですよ。我々の目くらましを見破るとは。ですが……本当に、それ『だけ』だと思っているのですか?」
アレクの瞳に宿る、底知れない冷たさ。子爵の背筋に、正体不明の不安が走る。
「……何だと?」
「閣下はご自身の卓越した審美眼で、あの山には黄金など出ない、一銭の価値もないと確信された。だからこそ、村人たちに『ゴミ同然の価格』で権利を返させた……。いえ、買い叩いた。そうでしょう? もし少しでも価値があると思っていたなら、閣下がそんな端金で満足するはずがない」
アレクの言葉は、現代交渉術における二重拘束だ。
「自分は賢明な統治者である」と主張するためには、「あの山は無価値である」と断言し続けなければならない。
「当然だ! あんな山、黄金など一欠片も出ないゴミの山だ! 私は騙された被害を最小限にするため、賢明にもあんな無価値な石ころを村人に押し付け……いや、買い戻させたのだ! あんな場所にあるのは、肥料にすらならない泥と石だけだ!」
激昂した子爵が、アレクを罵倒するために放った言葉。それこそが、彼が自ら掘った墓穴の深さだった。
「ほう……」
それまで沈黙を守っていた王室監査役が、ゆっくりと身を乗り出した。
「……つまり子爵。貴殿は、王室への献上品として、そして爵位昇進の根拠として提示したあの領地を、自らの意志で『無価値なゴミの山』だと切り捨てたのだな? 私の前で、二度も」
子爵の顔から、一気に血の気が引いた。
「あ、いや、それは……詐欺師の罠を防いだという意味で……」
「もし無価値であるならば、貴殿が主張していた『王室への功績』もまた無価値。それどころか、無価値なものを献上しようとした罪は重いぞ」
監査役の冷徹な指摘に、子爵は酸欠の魚のように口をパクつかせた。
アレクは、その光景を冷めた目で見つめ、最後の一刺しを放つ。
「閣下。現代知識において、最も高価なものは『金』ではありません。……閣下が『ゴミ』だと捨てたその石の中に、何が混ざっていたか。今からお見せしましょう。シオン、ニコ、準備はいいか?」
アレクの合図とともに、拘束されていたはずの二人が、微かに笑みを浮かべた。
アルキメデスの「舌」が、子爵の自尊心という重りを使い、天秤を完全に逆転させた。




